顔が強張る。先ほどからやたらと巨大なものが多くいたのに、今度はいったいなんだというのだ。浄香もそれに気づいたから姿勢を低くしたのだろうか。
『来るぞ』
思わず構えるも、足音も何もない。本当にでかいのかと千理に問いかけようとしたその時、ふと嫌な想像に思い至る。
でかいって、サイズのことではなく、厄介な意味だとしたら……?
炎の爆ぜる音。爆ぜる音に紛れるほど、足音がわからないような相手に神経を研ぎ澄ます。縁側に固まる三人の周辺に、もぞもぞもぞと幾重にも何かが出てきた。
白い……うねうね。
大きな白いミミズが大量発生したような様相に、隻も浄香も顔を引きつる。全身の毛が逆立つ。
「うげっ、なんだよこれ!?」
「
現状から既に厄介なんですけど。
もぞもぞと一箇所に集まり始めたワームが、互いに密着したり、丸呑みにしたりと口を覆いたくなる行動を始めている。虫やミミズは元々慣れていたはずの隻でも、思わず口を覆って目を逸らしてしまう。
「こいつら、合体したり融合したりし共食いしたりででかくなるんすよねぇ」
「解説黙れ……! うえっ!!」
あからさまに大きくなったワーム。蛇の頭のように持ち上がった先端で、口が開いたり閉じたりと
浄香が『ひぃっ!』と悲鳴を上げた。隻も女子ではないが叫びたい。
嫌あああめっちゃ嫌ああああああああっ!!
千理も隻と浄香ほどではないにしろ、やはり精神衛生的によろしくないのだろう。苦い顔をしている。
「ほんっと、親父厄介なもん作ってくれたなぁー」
「っ、なんでこんなの考えたんだよお前の親父さん!!」
「いや知りませんって。親父がちっさい頃らしいんすよ創ったの。オレ笑い話で聞かされただけっすよ。えぐいワーム軍団作って封印されたって。うーえマジ気持ち悪ー」
『じゃっ、弱点はっ、弱点は知らんのか!!』
上ずった声で千理に叫ぶ浄香は隻の肩まで駆け上がり、全身の毛を逆立てている。唸る千理は弱った顔でワームを見上げているではないか。
「聞いた話……火だと思ってたんすけど。もうしゃあないんでエヴェ――あっ!?」
合図を聞き、ブレスを準備しようとしたそのエヴェイユを、巨大ミミズという名のワームが丸呑みにした。
三人の顔が青くなった。
「エ、エヴェ
「絶対口径おかしいだろ今の!! どうなってんだ!」
「し、知りませんって! 蛇が自分よりでっかい奴呑み込むのと一緒なんじゃないんすか!? ってかエヴェ出せねーじゃん、ああああもー親父地獄行ったら覚えてろ!!」
最高の解決策のはずがまさかの丸呑み。芋虫幻生は食物消化しそこねた腹具合を伝えるように、今度はこちらへと頭を向けてくる。
三人の顔が引きつった。
「せっ……隻さん……幻生出せる……?」
「無理無理無理! 立標今多生さん運んでる!!」
「えっ、おやっさんを!? じゃあ陰険猫」
『貴様私を殺す気か! 他の
「霊じゅっ、言い方
ずどん。
放物線を綺麗に描いて落ちてきた姿に、慌てて縁側から砂利道へと逃げる隻たちは顔が真っ青だ。現状が現状なだけに真っ青だ。
「ぃぃぃっ……! げっ、あいつ木片まで喰えるんかい! いややめっ、後で修復面倒なんにあーもー!!」
「……何も見なかったことにしたいって初めて思ったよ……!」
浄香が激しく頷いて同意している。術を組もうとする浄香へと、ワームがくるりと振り返ってきた。
一瞬、目がないワームと視線が合った気がした。
「やめえええええええええええええええええっ!!」
砂利どころか土まで抉るように喰らうワーム。隻と千理は二手に分かれて逃げた。隻の肩で、浄香が涙を流しながらひいひいと泣いているではないか。
『いやあぁっ、ミミズ……なんなのだあれはっ、食えればなんでもいいのか!!』
「そういうところだけは女だなあんた!?」
『事実女だろう何が悪い!! いやぁぁぁぁもう嫌、呪術組めん……!』
「本当だよ! くっそ千理生きてるか!!」
「気絶したいっす!!」
「以下同文!!」
ワームの狙いは千理と浄香らしい。隻には目もくれず戯れるように追いかけてくるが、浄香は隻の肩の上だ。必死にしがみつく浄香がか細い悲鳴を上げた。
『こっ、こやつ呪力を喰らうのかっ、道理で……!』
「道理で!?」
『元々名家の本家だぞ、空気だけでかなりの呪力があるだろう! あのワイバーンを喰らうだけの口が広がるはずだ、でかくなって!!』
なるほどな知りたくなかったよ!
多生は、立標は京都駅にもう着いているだろうか。――いや、まだな気がする。焦りすぎて早く数えている気がするっ!
頭頂部を持ち上げたワームが、直立するように頭を天に向けた。
やはり、大きくなっている。
足元に向けて斬りつけようとした千理が、青い顔で「うえええっ!!」と叫びながら飛びずさった。隻も顔を勢いよく逸らす。
見えた。千理が無月で斬りつけようとした箇所だけが、糸をバラしたように勢いよく分かれたのを。無数の頭に戻って蠢くワームたちが、千理の刀と左腕を狙っていたのを。
千理の親父さん怨み倒してやる……!
「やっべ、こいつ呪力吸い上げてってません!?」
『他にないだろうっ、だからお前と私にやたらと反応するんだこのデカブツは! くそう、これ以上吸われれば体を維持できんぞ……!』
言うが早いか、猫の毛先が一部光を纏って透き通り始めているではないか。ぎょっとした隻はワームを見上げ、ジャケットの前を中ほどまで閉めて浄香をその中に押し込んだ。
「じっとしてろ」
『なっ、お前何をする気――おい!』
ダンッ、ダンッ
バスケットボールを一つ作り出し、ドリブルをした後吐き気を堪える。
即座にワームが反応し、口を絶え間なく動かしている。千理が素早く回り込んできて目の前で止まり、戸惑っているではないか。
「ちょっ、あんさん何する気っすか!」
「丁度いい連身頼む!」
「はいっ!? え、あ、
闇が一筋、千理から隻へと流れていく。吐き気が幾分か治まり、もう一度ボールを弾ませて掴んだ。
「中にボール叩き込む。浄香、あんたあいつの呪力奪えるか?」
『で、できなくはないが……いや待って! あの中に!?』
「行くぞ!」
『いやあああああああああっ!!』
地を蹴り、屋根に一度飛び乗ってさらに跳躍する。全長四階建てのビル並みに成長したワームは、宙に飛び出して無防備となった獲物へと綺麗に口を開けた。
青い顔で、隻は勢いよくドッジボールの攻撃姿勢を作った。公式球よりも断然重たい感覚がするそのボールを大きく振りかぶる。
「ゴールでかく広げてんじゃねえっ!!」
『ひやああああああああああああっ!!』
ごくんっ。
投げ入れたバスケットボールを先に呑み込み、閉じた口に着地した隻は勢いよく蹴り飛ばして地面に着地する。
消化する物質が体内に来たからだろう。一度動きが治まったワームは、次の瞬間体をひくつかせて地響きと共に倒れ込む。
隻も着地と同時に吐き気が戻ってきて、千理が連身を解いたと気づいた。
ザンと斬り裂く音が響く。
千理がもの凄く嫌そうな顔で隣に走り込んできて、急ブレーキをかけた。
「しばらくワーム系の依頼、万理やよっしーに頼みたいっすよ……」
「……本当だな……中に毒詰めて正解だったか」
「あー、道理で」
ワームが結合を保てずに分裂していく。ひくつきながらどろどろに溶けていく。大量の呪力を放出し、細切れになったものから順に火に炙られて消えていった。
……呪力を喰らっていたせいで、火に耐性がついてしまったのだろうか。浄香がのそのそとでてきて、子猫並みに小さくなった体を見て隻も千理も思わず吹き出す。
『みっ、身が縮まった……!』
「ははっ、正真正銘な!」
「ここまで来ると愛らしいっすよねー! いだだだだだっ!? 引っ掻くなっつの褒めただけっしょ!?」
『うるさい! 貴様に言われる筋合いもなければ第一、気色悪いわ!!』
「ひっど!? いだだだだだだだだだっぁあああっ!?」
顔面に綺麗な格子模様ができたその時。何かが、隻の目の前を駆け抜けていった。
目を見開く彼の前で、千理と浄香を勢いよく吹っ飛ばされる。拍手が聞こえる。急いで千理たちはと見やって、言葉を
「せんっ――!」
いない。
浄香が弱々しく地面に倒れ込んでいる。小さくなった猫を抱え上げ、大きなポケットの中にそっと入れた。手が微かに動き、生きているとわかってほっとする。辺りを見回し、目を見開いた。
女性の腕が、ぐったりとしている千理の胸倉を掴んで――
母屋の火の中へと叩きつけるように投げ込んだ。
「――! 千理!!」
柱がいくつも折れ、ガラガラと崩れる音が響き渡る。女性の笑みが、柔らかくそれを見やって奥に入っていくではないか。
急いで後を追い、絶句した。
火の海の中、女性が柔らかく微笑んでいた。
緩く横に束ねられた白髪。蒼い目は、涼やかに艶めく蛇のようで。
心得ておきなさい
相手は巧妙に
隻と翅、もしくは浄香に共通した知り合い。永久の真水。人にずっと協力してきた。長年生きていて、恐らく女性。孤高で、弟子への未練を断った人物。
そして千理の化け物じみた体力でも、恐らく死んでも不思議ではなかったはずの腕も千理自身も生かせる力を、身近で振るわれていたとしたら。
お久しぶりです師匠。どうしてこちらに?
兄が永咲師匠に
よろしく頼むよ
千理がもし、気づいているのなら。
睨みつける隻の前、彼女は煌々と輝く紅蓮の世界で、無邪気に笑んできた。
「よくここまで来れたね。驚きだ」
軽やかに
軽やかに