Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

番外編01 02
*前しおり次#

 
 
「後片付け、俺がやりますよ。部屋でゆっくりしててください」
「いつも悪いわね。でも、あなたもちゃんと休まないとだめよ?」
「いや、修行の後だらけてばっかだし……」
 こんな生活も、早二年半となった。
 今では翅だけでなく千理にもたかられるようになった。二年半の間に知り合った、同じ居候の響基にも。
 唐揚げだけでなくホットケーキを作るのも慣れたもので、どうにも自分が夜食を作ると、知り合いはこぞって集ってくる。それが少し頭痛の種だった。
 何せ、こいつらの夜食を確保していると毎度、自分の取り分がほとんどないのだ。翅や響基はともかく、千理が考えなしに食いたいだけ食べるせいで。
 理由はわかっている。千理のなくなった左腕が幻術で構成されているためだ。二十四時間出しているその幻術を保つために、人以上にエネルギーを必要としているのだろう。
 それでも、だ。
「……千理ストップ」
「え? ……オレそんな食ってました?」
「俺は三枚、響基は二枚。お前七枚」
「うわぉマジ!? さ、さーせん!」
 熱されたフライパンを持ち上げた途端、千理が慌てて謝ってきた。事実、隻が食べようと思っていた分は天晴あっぱれな消え様だし、ホットケーキミックスはただ今をもって三箱目に突入した。
 これ以上与えれば間違いなく仲居の人たちの買い物が増える。荷物を増やしてしまう。
 苦い顔で焼き上げた最後の一枚を新しい皿に乗せ、翅に渡した。途端にむすくれ顔になる千理には冷たい目しか向けられない。
「それ、ここに来づらいって奴の分だからな」
「へ? ……隻さん誰おどしたんすか?」
「違う! 俺みたいに夜食ほしいけど、言いづらいって奴いるだろ。たまに翅と一緒にいる奴らしいから、渡してもらってるだけだよ。まだ会ったことはないけどな」
「そうそう、隻さんが作ったって言ったら『ここは日本ですよ!?』って突っ込んでた」
「日本だから何!?」
 千理と一緒に突っ込むことになるとは。苦い顔で互いに見やった次の瞬間、廊下が軋む音がした。
 はっと全員が振り向いたその時、一気に走り去る音。
「何……?」
「あいつ……」
 聞こえた。遠くから。
 ここは日本―――――――――――――――!
「……だから、何?」
「奴は見たな」
「ああ、見たな」
「見られたっぽいっすね」
「だからなんなんだよ!!」
 したり顔で三人そろった同意に隻が吠えるのも、随分日常になった気がする。
 突っ込んだ隻は溜息をつきつつ、かけようと思っていた蜂蜜がすっからかんなのを見て、迷わず千理を殴ったのだった。


 そして現在。
「だって日本人なら男性が台所に入るなんて――! ここは日本でしょう!!」
「……日本人でもグローバル化や親が共働きだったら入らざるを得ないんだよ! ってか板前は男でもやってるだろ、寿司屋見てこい!! こだわり深いなお前も!!」
 たまにこうやって悟子さとしと衝突――もとい激論を交わす事が増えた隻を見て、やはり夜食をひたすら食べていた響基が、口の中を空にして一言。
「そうだよな。隻さんって礼儀正しいけど、昔の日本人とは違う礼儀正しさだもんな」
「あれだな、ぞくに言う英国紳士か。よ! 英国紳士!」
「誰が英国だよ俺は日本人だ!!」
「翅さん口の中空にしてからしゃべってください! はしたない!!」
 何に衝撃を受けたのだろう。ぱったり突っ伏す翅がまだ口を動かしているのに気づいて、悟子が勢いよく「行儀悪い!!」と吠えたではないか。
 さすがに隻も感情が落ち着いて、疲れた表情で悟子を見やる。
「いや……まあそりゃそうだけどな……突き落とすだけ突き落としてさらに深海に沈めるお前って、凄いよ」
「そんな事ありませんよ」
「そこ謙遜するとこじゃねーっしょ……わ、わー! たんまたんまちゃんと食い終わってから発言しますって!! 殺す気っすかあんさん!!」
 殺しはしないが半殺しにはする気だった。間違いなく。
 広げられた巻物を見て、隻は賑やかになった夜食の光景に、ただ乾いた笑いすらも出てこなかったのだった。
 灰になった彼に、最近の太陽はやたらと眩しかったとかそうでなかったとか。



〜幕間(隻手製の夜食を翅から受け取った悟子の様子)〜

悟子「……だ、男性が台所に入るなんて……!」
翅「そう言い続けてついに新年過ぎたよな。凄い凄い」
悟子「凄いと言われても……あの人今年も紳士でいるんでしょうか」
翅「そんなに紳士はダメか? 今悟子が食ってる握り飯、紳士お手製だろ」
悟子「ここは日本です!!」
翅「日本だから握り飯、な」
悟子「っ……美味しい、美味しいですよ隻さん! ここは日本だけど、紳士お手製だけど、美味しいです……!」
翅「本人に言ってこいって」
悟子「だってまだきちんと会ってないし、夜食の会に失礼するのは礼儀知らずというもので……」
翅「夜食の会なんて誰が命名したんだろうなー」
悟子「―――ジャパニイイイイイイイイイイイイイイイズッ!!」

隻「Σ なんだ今の声!?」
結李羽「凄いねー、一瞬だけど障子が揺れたよ?」
千理「凄いっすねー、夜食もらっただけであの叫びっぷり」もぐもぐ
隻「……あ、ああ、翅から渡してもらってるって奴か……何があったんだ? ジャ……」
結李羽「ジャーマンポテトって言ったのかな?」
千理「じゃあ次はふかし芋っすかね? バター風味で行きましょうよ。ほくほくの」
隻「……ユリ、今度教えてくれるか?」
結李羽「いいよー、任せて♪」

 そしてレパートリーは増えていく。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/27


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.