時系列:第4〜5話間 ※本編第9話参入キャラ登場
「――腹減った……!」
レーデンに
けれどもう限界だ。さすがにこの空腹の中寝るのは気持ち悪い。腹が
のそりと起き上がる。折角体を温めてくれていた毛布があっさり
思い描くのは……。
「……出せる、よな……夜の住人、
ぼっ
青白い火の玉が、ぎょっとした隻に応じたように一瞬にしてオレンジ色の光の玉になった。……火が揺らめかない。ただの光球のようだ。
がっくり肩を落とす隻の周りをゆっくり浮遊する光の球をちらりと見やり、苦い顔になる。
「……これじゃ、火の玉じゃなくて
別に
限界だ。もう限界だ。
こんな真夜中に失礼だとは思うが、少し握り飯でも作らせてもらおう。
夜ともなれば、砂利が敷き詰められた練習場の傍は結構に冷たい風が吹き込んでくる。京都ではつらい吹きさらしの渡り廊下は、周辺の広葉樹がせめてもの
明かりは月明かりと、離れではほとんど消えている誰か知らない養子の部屋の電気ぐらい。浮遊させた光球は隻の前方を真っ直ぐ照らしてくれるが、冬場から感じるどうしようもない寒気が
十九でも怖いものは怖いのだ。根性があるない関わらず、物音と言えば廊下の木板の軋む音や、時折どこからともなく聞こえてくる凄まじい激突音。ラップ音さながらの超常音はほぼ毎夜聞こえてくる。千理曰く幻生が家の結界に激突する音だったか。
猫の爛々とした瞳が目の前で輝き、生温かい吐息を吹きかけてきたこともあった。当然浄香はバスケットボールで障子ごと外に叩き出した。
夜毎聞こえる鴉の鳴き声には「魔女の家かよ!」と突っ込んで千理に「一応魔女っぽいですもんねこの種族」と納得されたっけ。
こんなホラーチックな家、幽霊恐怖症が養子になった暁には目も当てられないのではないだろうか。……千理
渡り廊下の軋む音はさすがに慣れたもので、食堂がある本殿はものの見事に――
「嘘だろ、の家でも静かなのかよ……!」
世界中に散らばり、野生化した幻想――幻生生物と戦う時間を、一族単位でそれぞれ分割した結果生まれたのが昼の種族と夜の種族。このレーデン家は、夜の側の種族だが、それにもかかわらずここの消灯時間は清く正しく十時きっかりなのだ。
さすがに現当主である
食事をする大広間を過ぎ、確かいつもこの辺で料理を運んでくれている仲居さんと会ったはずだと廊下を曲がる。見えてきた薄ぼんやりとした明かりを見て、顔が
一応自分にも、地理の把握能力はそこそこあるようだ。
そっと覗き込めば、歳が近いだろう仲居が一人、明日の朝食の仕込みをしてくれている。タイミングが悪かったかと顔を引っ込めようとしたその時、野菜を水洗いしている手が止まったようだ。
「あら、
「あ……すいません、
いいんですよと微笑ましそうに笑われる。隻はばつが悪いも普通に姿を出した。驚いた顔をされ、ああと後ろを振り返る。
「それ、隻様が?」
「あ、はい。最初は火の玉のつもりでやってたんですけど……ありがとな。
光球が一瞬にして消えてしまった。仲居――
「多生様がご覧になられたら、喜んでくださったでしょうにね」
「一応、なんとか石を
「ふふっ、生物は難しいんですもの。十分
なんだか気恥ずかしい。生返事で返しそうになって、「俺のはまだまだですよ」と
「それで、どうされたんですか? 女の
「……それ、女の勘じゃなくて長年の経験でしょ」
女中はおかしそうに笑っている。朝食の仕込みをしていた女性には申し訳なさが立つ隻に、彼女は微笑ましそうに見てきた。
「おにぎりでも大丈夫ですか? ちょっとあまりもののご飯ですから、味は落ちているでしょうけど」
「え、いや自分で作ります! 朝食仕込みしててくれてたんですよね、邪魔してすいません」
恵に目を丸くされ、気恥ずかしそうに笑われた。戸惑ったそば、「気にしなくていいんですよ」と首を振られる。
「隻様、よく人を見てらっしゃるのね。驚いたわ」
「……なんか、それ千理にも言われましたけど……」
「あら、千理くんも? じゃあ当たりね。あの子、人の本質を直感で当てちゃうから」
……そういえば、当てられたような。
炊飯器の場所を教えてもらい、自分でおにぎりを作りつつ。それだけじゃ味気ないでしょうと、塩や解し鮭のふりかけだけでなく、巻き用の海苔までもらってしまう。
ここで仲居として働く人たちは、やたらと世話好きな人が多いのは気づいてはいたけれど、こうも色々と世話を焼いてもらうのはどうにも気恥ずかしい。だから自分で夜食ぐらい作る気でいたのに、最終的にあまり変わらないぐらいに具材を出してもらったり、握ってもらったりしていた。
数個自分で作ったが、思いのほか見栄えが悪かった。
悪いのに、廊下で聞こえた床板の
「あれ、握りいらないのか……? あ、やっほー隻さん。夜食?」
「あ、まあ……さすがに腹減って。失礼とは思ったんだけどな……」
「まあまあよその子じゃなくなったんだろ。
「お前
「はいはい、翅様の分もありますよ」
笑いをこらえる女中が、先ほど彼女が握ったおにぎりを翅に渡しているではないか。皿ごと受け取った翅の上機嫌さといったら腹立たしい。しかもその皿の握りだけでは足りないとでも言いたいのか、隻が握ったおにぎりにまで手を伸ばそうとするのだから、さっと手を叩いて止めた。
「人に集るより自分で作れよ、いつもお世話になってるんだろ! こういう時ぐらい手
「おー隻さん偉いなーすっごく偉いなー。仲居さんもびっくりするぐらい紳士だよ」
「そういう話じゃないだろ!! あ、お前鮭好きなのか?」
黙々と食べ出した翅を見ての感想に、彼は「普通?」と返している。
「どっちかって言うと
「リア充乙」
「えっ、いつ知ったの俺たちが付き合ってるって!」
「女の名前だったら普通にそれ以外ないだろ!!」
「……男の勘って
「はぐらかすな!!」
「ごちそー様。恵さんの料理相変わらず美味しいな」
「おい!!」
「あははっ、お粗末様。未來ちゃんに今度夜食用の唐揚げ、注文来てたって伝えておきますね」
「よろしく!」
「乗るかそこで!! 恵さんもこいつ甘やかしすぎてますよ、少しは負担考えさせないと――な、なんだよ」
翅のにやりと笑んだ顔が、何故だろう。何かを企んでいるような。
「じゃあ隻さん
「……っ! いいよ作ってやるよ握り飯ぐらいなら!!」
「やったー隻さん優しいなー凄いなー俺真似できないなー」
ムカつく
なんだろう、 とことんムカつく!
ただでさえ棒読みなのも腹立たしいのに、それでいて本当に嬉しそうな様子なのだから怒るに怒れない。自分で作れと言ったって、どうせ翅が作ろうとしても恋人がこんな時間でも
隻が肩を落としていると、女中の恵が微笑ましそうに笑って「仲がいいですね」と言ったのには反論したくなった。正直、こらえた。
「唐揚げ、作り方わかりますか?」
「一応親が共働きだったんで、その辺は……ここの材料の位置教えてもらったら、ある程度は自分でやりますよ。まだ寒いし水冷たいでしょ。手大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、ありがとう。優しいのね」
「え、あ、いや」
「本当だよなー優しいよなー真似できないな本当にー」
「唐揚げなし」
「ごめんなさい!!」
呆れつつ握りを作り終え、女中に「ありがとうございます」と言って具材の残りを片付けて。皿は朝、部屋の前に置いてもらえればいいと言ってもらったものの、朝食の際に持っていく事を心に決めた隻を見抜いたのか、廊下を通りつつ翅がにやりと笑っている。
「
「は?」
「いや何もー。握りもーらい……あ、どーも?」
手が伸びる前に渡せば、意表を突かれたように翅の手が止まる。ふと笑って頬張るその顔に微妙な気持ちしか出ない隻も、やはりおにぎりを頬張る。
「いつもさ、仲居さんたち、俺らの世話で走り回ってくれてるだろ。何回タオルもらったかわかんないし……そのタオル洗ってくれてるのもあの人たちだし、手を煩わせたくないんだよ。夜食なんてそれこそ自分が動いて作れば早いだろ。握り飯なんて三分もかからないで作れるんだから」
「優しいなぁ」
今度は棒読みではなかった。思わず黙り込み、握り飯を頬張る。部屋の前まで来て、余分に作っておいた分を翅に渡し、「食いきれなかったら起きてる誰かにでも回しとけ」と伝えて部屋に戻ったのだった。
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第05話「三年後」