Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

番外編01「悟子は見た」01
*前しおり次#

時系列:第4〜5話間 ※本編第9話参入キャラ登場

「――腹減った……!」
 レーデンに居候いそうろうとなった一年目が半年ぎた頃。せきは養子という響きからいまだ慣れないでいた。ただでさえ大飯食らいを自負していた隻は、毎昼夜続く特訓の後の空腹をずっとえて、朝食も程々におさえてきた。
 けれどもう限界だ。さすがにこの空腹の中寝るのは気持ち悪い。腹がき過ぎて吐き気すらする。
 のそりと起き上がる。折角体を温めてくれていた毛布があっさりがれ落ち、寒さに身を震わせる。
 思い描くのは……。
「……出せる、よな……夜の住人、カタチは火の玉。出ろ!」
 ぼっ
 青白い火の玉が、ぎょっとした隻に応じたように一瞬にしてオレンジ色の光の玉になった。……火が揺らめかない。ただの光球のようだ。
 がっくり肩を落とす隻の周りをゆっくり浮遊する光の球をちらりと見やり、苦い顔になる。
「……これじゃ、火の玉じゃなくて光の精霊ウィル・オ・ウィスプだよな……頼むから迷わせるなよ」
 別にしゃべるわけでもない光の玉は、ただ隻の周辺をふよふよと浮かんでいる。吐き気がまた襲ってきて、部屋のポットから少量のお湯を出して飲むと立ち上がった。
 限界だ。もう限界だ。
 こんな真夜中に失礼だとは思うが、少し握り飯でも作らせてもらおう。
 
 
 夜ともなれば、砂利が敷き詰められた練習場の傍は結構に冷たい風が吹き込んでくる。京都ではつらい吹きさらしの渡り廊下は、周辺の広葉樹がせめてものなさけのように風を少しだけやわらげてくれた。
 明かりは月明かりと、離れではほとんど消えている誰か知らない養子の部屋の電気ぐらい。浮遊させた光球は隻の前方を真っ直ぐ照らしてくれるが、冬場から感じるどうしようもない寒気がたまらなく怖い。
 十九でも怖いものは怖いのだ。根性があるない関わらず、物音と言えば廊下の木板の軋む音や、時折どこからともなく聞こえてくる凄まじい激突音。ラップ音さながらの超常音はほぼ毎夜聞こえてくる。千理曰く幻生が家の結界に激突する音だったか。
 猫の爛々とした瞳が目の前で輝き、生温かい吐息を吹きかけてきたこともあった。当然浄香はバスケットボールで障子ごと外に叩き出した。
 夜毎聞こえる鴉の鳴き声には「魔女の家かよ!」と突っ込んで千理に「一応魔女っぽいですもんねこの種族」と納得されたっけ。
 こんなホラーチックな家、幽霊恐怖症が養子になった暁には目も当てられないのではないだろうか。……千理いわく既にいるらしいけれど。南無。
 渡り廊下の軋む音はさすがに慣れたもので、食堂がある本殿はものの見事に――
「嘘だろ、の家でも静かなのかよ……!」
 世界中に散らばり、野生化した幻想――幻生生物と戦う時間を、一族単位でそれぞれ分割した結果生まれたのが昼の種族と夜の種族。このレーデン家は、夜の側の種族だが、それにもかかわらずここの消灯時間は清く正しく十時きっかりなのだ。
 さすがに現当主である正造しょうぞうの部屋や、次期当主である多生タオの部屋の明かりはいているようだし、仲居――親族の協力者らがまだ仕事をしているようではある。
 食事をする大広間を過ぎ、確かいつもこの辺で料理を運んでくれている仲居さんと会ったはずだと廊下を曲がる。見えてきた薄ぼんやりとした明かりを見て、顔がほころんだ。
 一応自分にも、地理の把握能力はそこそこあるようだ。
 そっと覗き込めば、歳が近いだろう仲居が一人、明日の朝食の仕込みをしてくれている。タイミングが悪かったかと顔を引っ込めようとしたその時、野菜を水洗いしている手が止まったようだ。
「あら、せき様ですか?」
「あ……すいません、邪魔じゃまして」
 いいんですよと微笑ましそうに笑われる。隻はばつが悪いも普通に姿を出した。驚いた顔をされ、ああと後ろを振り返る。
「それ、隻様が?」
「あ、はい。最初は火の玉のつもりでやってたんですけど……ありがとな。かえれ」
 光球が一瞬にして消えてしまった。仲居――めぐみは「あら……」と名残なごりしそうな溜息だ。
「多生様がご覧になられたら、喜んでくださったでしょうにね」
「一応、なんとか石をつくるのまではできたんですけどね……構造が比較的簡単な奴」
「ふふっ、生物は難しいんですもの。十分すごいですよ」
 なんだか気恥ずかしい。生返事で返しそうになって、「俺のはまだまだですよ」と謙遜けんそんした。手をすすいだ女性は、軽く水を切ると手拭を持ってこちらにやってくる。
「それで、どうされたんですか? 女のかんが正しいなら、お腹空いたのかしら」
「……それ、女の勘じゃなくて長年の経験でしょ」
 女中はおかしそうに笑っている。朝食の仕込みをしていた女性には申し訳なさが立つ隻に、彼女は微笑ましそうに見てきた。
「おにぎりでも大丈夫ですか? ちょっとあまりもののご飯ですから、味は落ちているでしょうけど」
「え、いや自分で作ります! 朝食仕込みしててくれてたんですよね、邪魔してすいません」
 恵に目を丸くされ、気恥ずかしそうに笑われた。戸惑ったそば、「気にしなくていいんですよ」と首を振られる。
「隻様、よく人を見てらっしゃるのね。驚いたわ」
「……なんか、それ千理にも言われましたけど……」
「あら、千理くんも? じゃあ当たりね。あの子、人の本質を直感で当てちゃうから」
 ……そういえば、当てられたような。
 炊飯器の場所を教えてもらい、自分でおにぎりを作りつつ。それだけじゃ味気ないでしょうと、塩や解し鮭のふりかけだけでなく、巻き用の海苔までもらってしまう。
 ここで仲居として働く人たちは、やたらと世話好きな人が多いのは気づいてはいたけれど、こうも色々と世話を焼いてもらうのはどうにも気恥ずかしい。だから自分で夜食ぐらい作る気でいたのに、最終的にあまり変わらないぐらいに具材を出してもらったり、握ってもらったりしていた。
 数個自分で作ったが、思いのほか見栄えが悪かった。
 悪いのに、廊下で聞こえた床板のきしみに驚いて目を向けた途端、その廊下を呆然と見送るようにながめたつばさの姿があった。
「あれ、握りいらないのか……? あ、やっほー隻さん。夜食?」
「あ、まあ……さすがに腹減って。失礼とは思ったんだけどな……」
「まあまあよその子じゃなくなったんだろ。緊張きんちょうはしても飯はもらわないと。ってわけで俺の分もよろ」
「お前たかる気で来ただろ!!」
「はいはい、翅様の分もありますよ」
 笑いをこらえる女中が、先ほど彼女が握ったおにぎりを翅に渡しているではないか。皿ごと受け取った翅の上機嫌さといったら腹立たしい。しかもその皿の握りだけでは足りないとでも言いたいのか、隻が握ったおにぎりにまで手を伸ばそうとするのだから、さっと手を叩いて止めた。
「人に集るより自分で作れよ、いつもお世話になってるんだろ! こういう時ぐらい手わずらわせないようにとか」
「おー隻さん偉いなーすっごく偉いなー。仲居さんもびっくりするぐらい紳士だよ」
「そういう話じゃないだろ!! あ、お前鮭好きなのか?」
 黙々と食べ出した翅を見ての感想に、彼は「普通?」と返している。
「どっちかって言うと未來みらい手製の唐揚げのほうが」
「リア充乙」
「えっ、いつ知ったの俺たちが付き合ってるって!」
「女の名前だったら普通にそれ以外ないだろ!!」
「……男の勘ってあなどれんな」
「はぐらかすな!!」
「ごちそー様。恵さんの料理相変わらず美味しいな」
「おい!!」
「あははっ、お粗末様。未來ちゃんに今度夜食用の唐揚げ、注文来てたって伝えておきますね」
「よろしく!」
「乗るかそこで!! 恵さんもこいつ甘やかしすぎてますよ、少しは負担考えさせないと――な、なんだよ」
 翅のにやりと笑んだ顔が、何故だろう。何かを企んでいるような。
「じゃあ隻さんひまがあったらよろ」
「……っ! いいよ作ってやるよ握り飯ぐらいなら!!」
「やったー隻さん優しいなー凄いなー俺真似できないなー」
 ムカつく
 なんだろう、 とことんムカつく!
 ただでさえ棒読みなのも腹立たしいのに、それでいて本当に嬉しそうな様子なのだから怒るに怒れない。自分で作れと言ったって、どうせ翅が作ろうとしても恋人がこんな時間でも健気けなげに作るだけだ。目に見えている。少しでも負担を減らそうという隻の願いもむなしく作るに決まっている!
 隻が肩を落としていると、女中の恵が微笑ましそうに笑って「仲がいいですね」と言ったのには反論したくなった。正直、こらえた。
「唐揚げ、作り方わかりますか?」
「一応親が共働きだったんで、その辺は……ここの材料の位置教えてもらったら、ある程度は自分でやりますよ。まだ寒いし水冷たいでしょ。手大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、ありがとう。優しいのね」
「え、あ、いや」
「本当だよなー優しいよなー真似できないな本当にー」
「唐揚げなし」
「ごめんなさい!!」
 呆れつつ握りを作り終え、女中に「ありがとうございます」と言って具材の残りを片付けて。皿は朝、部屋の前に置いてもらえればいいと言ってもらったものの、朝食の際に持っていく事を心に決めた隻を見抜いたのか、廊下を通りつつ翅がにやりと笑っている。
結李羽ゆりはさんがれるわけだ」
「は?」
「いや何もー。握りもーらい……あ、どーも?」
 手が伸びる前に渡せば、意表を突かれたように翅の手が止まる。ふと笑って頬張るその顔に微妙な気持ちしか出ない隻も、やはりおにぎりを頬張る。
「いつもさ、仲居さんたち、俺らの世話で走り回ってくれてるだろ。何回タオルもらったかわかんないし……そのタオル洗ってくれてるのもあの人たちだし、手を煩わせたくないんだよ。夜食なんてそれこそ自分が動いて作れば早いだろ。握り飯なんて三分もかからないで作れるんだから」
「優しいなぁ」
 今度は棒読みではなかった。思わず黙り込み、握り飯を頬張る。部屋の前まで来て、余分に作っておいた分を翅に渡し、「食いきれなかったら起きてる誰かにでも回しとけ」と伝えて部屋に戻ったのだった。
 
 


ルビ対応・加筆修正 2020/11/27
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第04話「血と兄弟と赤の他人」

続きの話
第05話「三年後」


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