二章


小娘のくせに-第二章-




「雑渡さん雑渡さんっ、お団子作ったので是非食べてください♪」


にこにことお皿を差し出す小娘に、雑渡は抑揚の無い声で答えた。


「要らない。」


ええなんでですかと不思議そうに尋ねられると、
その平和ボケした頭に今日も苛立ちを覚える。


「お前はタソガレドキ軍とは無関係、いわば部外者だ。
我々プロの忍は、差し出された物にそうやすやすと手をつけるもんじゃないんだよ。」


そう言うと雑渡は無造作に皿を押し返し、
目も合わせず再び書類に向かい合うのだった。

そうまで言われるとさすがに団子屋のプライドが許さない。


「私だって団子屋の娘ですから!プロの味には自信がありますよ?
毒なんて入ってないんで食べてくださいね!」


小娘はむぅっと膨れ皿から団子を一つ取り上げると自らの口に放り込む。
ほら美味しいと団子の味を楽しむその姿に、
持ってきておきながらお前が食べるのか・・・。と、雑渡は心の中で突っ込みを入れる。


「集中したいから席を外してくれないか。」


片手でひょいひょいと遇らわれると仕方がない。
邪魔をするわけにもいかず、扉付近に皿を置いて退散するのだった。


「こんなものだろう。」


数刻後密書を書き終わった雑渡がそろそろ部下に召集をかけるかと立ち上がり
疲れた肩を回す。
五感は優れている方なので、皿を置いた音は背中越しでも解ってはいたが。


「要らないといったのに・・・。」


嫌でも視界に入る床に置かれた皿を見つめ、一人顔をしかめるのだった。



「あ、組頭お疲れ様です。」



「ああ。・・・・・・。」


早く突き返してやろうと団子が乗ったままの皿を持って部屋を出ると、
縁側に座っている尊奈門と出くわした。

もぐもぐと団子を頬張っている尊奈門に。


雑渡にジトリと見つめられ尊奈門は首を傾げる。


「何ですか組頭。」


「お前、何食べてるんだ。」


「団子ですけど?」


「それは解っている。どこで手に入れた団子だ。」


さっきの小娘とのやりとりは何だったのかと、あえて苛立ちを抑えながら尋ねる。


「え、1人しかいないじゃないですか、あの団子屋の娘ですよ。」


きょとんと答える尊奈門に、雑渡はもういいと項垂れた。


「あ、その団子・・・組頭も貰ったんですね、
美味しいですよね、プロの作った団子は!」


全く悪びれもない尊奈門に、
いや食べていないと答えこれもお前にやると皿を押し付けた。


「え、でもこれはあの娘が組頭のためにって」

「お前は忍であることに自覚はあるのか」


尊奈門が言い切る前に、ついに雑渡は険しい顔をして答える。


「本人にも伝えたが、あいつは部外者だ。
タソガレドキ軍とは無関係の輩が勝手に転がり込んできて、居座る始末。
さらに食べ物を差し出す・・・何の疑いもなく手をつけるとは何事だ。」


「けど、彼女はくのいちでもないただの町娘じゃないですか。
それに団子屋だってタソガレドキ城と取引したこともある店ですし。」


疑いすぎじゃないですか、と続ける尊奈門に
そういう見てくれの問題ではないと言い返していると


「団子は私も食べましたよ」


山本が素早い動きで木影から姿を現した。
意外な人物のこれまた意外な回答に雑渡は少々面食らってしまう。


「ただ私はそこの坊ちゃんとは違うので。
あの小娘が万が一にでもタソガレドキ軍を陥れるようなことがあればその時は・・・」


殺しますよ


そういつつ空になったその皿を山本は洗い物よろしくと尊奈門に押し付けた。


ほう。


やはりこの男はその辺りはしっかり線引きをし、弁えている。
なんで私がと小言を言う尊奈門を尻目に、
さすがは側近中の側近だと雑渡は感心するのだった。


「それにしても組頭、あの小娘には随分厳しいですね。
忍たまにはあんなに優しいのに。ほらあの子供、・・・伏木蔵、でしたっけ?」


あとは乱太郎きり丸しんべえに、
と思いつく生徒の名前を並べる山本にはなんら悪気はないのだろう。
そう理解しながら雑渡は答えるのだった。


「境遇が全く違うじゃないか。
あの子達は今でこそお子様忍者だが、将来は闇を蹴ってゆく忍びの卵だぞ。
歳半ばで道を外れる生徒もいるだろうが、我々の生きる道を知っている奴らと
そうでないただの小娘は違う。だいたい・・・」


のうのうと暮らしていた小娘ごときが、忍びの世界なんて見るものではない。
光の見えるうちに自分の居場所へ戻るべきだ、


雑渡はここまで続くはずだったであろう言葉を飲み込みこんだ。


「にしても・・・そこまで警戒しておきながら包帯を換えさせているというのも、
私からしたら可笑しな話ですけどね。」


雑渡の心理をどう読んでいるのかわからない押津が何処からともなく現れた。
さすが小頭といったところだろうか。


あの小娘に包帯を換えさせる─。


確かにそうかもしれない、いやでもそれとこれとは話は別だろう。


「あれは誤算だっただけだ。」


一本取られたあの夜のことを思い出し、面白くなさそうに答える雑渡に


「誤算・・・?はっ、ということは夜伽は無事に終え」

「違う。・・・お前、そのどうしてそんな思考になるのか訳のわからん早とちりが
小娘に似てるな。」


あんな若い娘と同じかと嬉しそうな押津をみると、皮肉たっぷりの言葉は
全く響いていないようだ。
全く、勤務中にこんなにも生産性のない雑談に時間を割きたくはないと
雑渡は笛に口をつけた。

召集の笛を聞いた部下達がちらほらと集まってきたところで
雑渡は忍の目をして口を開く。


「では、今回の調査結果を報告しろ。」


「はっ。調査したところ、タソガレドキ城を東に進んだところにある領地ですが、
稀少な鉱石が取れる可能性があるということでドクタケ城が目を付けているそうです。」


「・・・ドクタケ城が?東の方角へある領地といえば・・・ユウビノ里か。」


穏やかではない話だと感じながらも、雑渡は続きを話せと促す。


「左様です組頭。
かなり腕の立つ忍びを雇い、ユウビノ里を徹底的に調べ上げると。
無装備で領地に立ち入るのは危険かと存じます。」


なるほどねえ、と
新鮮な情報をこうも丁寧に報告してくる部下に感心しつつ戦略を思案する。


「ユウビノ里は戦時にタソガレドキ軍がよく使う裏道になるからな。
ドクタケに占領されるのは考えものだ。」


ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら
今後この領地問題をどうしていくべきか、折々の提案や策略が練られるのだった。



その夜。
いつものように小娘が両手に包帯抱えてやってきた。


「雑渡さーん、お疲れ様です!包帯換えますね♪」



「・・・ああ。」




いつもと違う間の空いた返事に首を傾げながらも
すぐににこりと笑って巻かれた包帯に触れ、丁寧に取り替えていく。


「・・・もう、痛まないんですか?」


「古傷だからね。骨もやられてる箇所もあるからたまに疼くけど。」


何故か包帯を手にするこの時間だけは雑渡は普通に会話をしてくれる。
小娘はそれが嬉しくて仕方がなかった。


「傷の修復や、皮膚の強化に効く薬草とか取りに行けたらいいんですけど。
あとは栄養価の高いお団子も作れるんですよ私!
絶対雑渡さんに食べて欲しいですっ♪」



「間に合ってるからいいよ。
あと要らないって言ってるのに君も懲りないね。」


ええー絶対美味しくて身体にいいのに、と剥れながらも
昼間と違って会話が続くことに小娘は喜びを噛みしめる。



背中越しに響く喜怒哀楽のわかりやすい声。
声も口調もきっと変わっていないはずなのに、
頭痛がするほどうんざりはしなくなった。慣れとは恐ろしいものだ。
いや、慣れなのかそれとも・・・。


── そこまで警戒しておきながら

包帯を換えさせるというのも、

私からしたら可笑しな話ですけどね ───



昼間の押津による言葉が無意識に蘇ってくる。
違う包帯を換えさせたのはそもそもこいつを村に・・・


「─と、思うんです。」


途中から聞こえた小娘の言葉にハッとする。
ふいをつかれたことを悟られるわけにはいかない。


「長い。話は簡潔に頼む、なんだ?」


それでも聞いてくれる態勢の雑渡に小娘の口元が緩んだ。


「ですから、団子の材料に使える蓬とか、山菜を取りに行こうと思っているんです。」





「山菜採り?」


という言葉に雑渡はぴくりと反応した。


「・・・方角は」


「方角?」


「向かう山の方角だ」


小娘はきょとんとしながら不思議そうに東の方角ですけどと答えると、
雑渡は昼間のような抑揚のない声色で、やめておいた方がいいと短く窘めた。
流石に一緒に行ってくれると期待していたわけではないが、
意外な回答に小娘はえっと驚き戸惑ってしまう。
だが雑渡の態度を見ると気軽にどうしてですかとは聞けない雰囲気だ。

そんな様子を察してか雑渡は仕方なくといったように口を開き短く答えた。


「今こちらから東の山にはあまりいい噂を聞かない。
自ら危険な場所へ足を踏み入れる必要はない。」


任務を他人に教えるわけにはいかないが、
当たり障りのない情報を小出しにし危険を伝えたつもりなのだが。


「うーん、でも以前にも1人で入ったことのある山ですし・・・大丈夫ですよ♪」


これだから平和脳は。雑渡は相手は素人だと自分に言い聞かせ、努めて冷静に説いた。


「以前問題がなかったから今回も大丈夫という愚かな考えをまず捨てるべきだ。
悪人供が悪さを企んでいたり、罠が仕掛けられているかもしれない。
無闇に近づかない方がいいだろう、若い女はなおさらだ。」


はあ、とどこか迷うような間の抜けた返事は・・・


解っているのかいないのか。





───── 翌朝。


ガシャン!!


「だ、大丈夫か?!」


尊奈門が慌てて小娘に駆け寄る。
小娘はまたやってしまったと眉をハの字にし、深々と頭を下げた。


「私は大丈夫ですっ・・・で、でもすみません!これでもうダメにした手裏剣8つ目」
「9つ目だ」


矢のような冷たい一声が小娘に突き刺さる。
声の主に振り返るとそこにいたのは
抑えきれない溜まりに溜まった怒りのオーラを纏う雑渡だった。


「手裏剣は貴重な忍器だ。こうも立て続けに失敗されていては困る。」


だから頼みたくなかったんだ、と付け加えられ小娘はがっくりと肩を落とす。
寝ても覚めても何か手伝いを、何か手伝いをと煩いものだから、
赤子に飴湯を与えるのと同じような感覚で簡単な雑務を任せてみたというものの・・・。

団子のことや料理に使う素材には詳しいくせに、
それ以外の事に関してはこんなにも飲み込みが遅いとは。


雑渡は呆れかえり、そもそも部外者をこちらの仕事に触れさせる事自体
絶対させるべきではなかったのだと後悔した。


全く─。


殿さえこの小娘を追い出すよう一言でもご命令下さればこんなに苦労はしないものを。
相変わらずタソガレドキ軍の人間関係には我関せずな甚兵衛の態度に
雑渡は落胆するのだった。

蔑んだ目で見下ろされる小娘に流石に尊奈門が同情し、助け舟を出そうと話しかける。


「さ、そっちの箱は手伝いますから。こちらの軽い方を持って。」


ホッとした表情でお礼をいう小娘と尊奈門を交互に見つめ、雑渡は言い放った。



「未熟者同士、お似合いだな。」


ニヤリと笑って。


「「・・・なっ!」」


かたや想い人に別の人とお似合いだと言われ、
かたや尊敬する上司に未熟者扱いされ、

ガツンとまるで鈍器で殴られたような衝撃を2人して別々にくらうのだった。




軍の者達が午前の小休憩を取っている間、
小娘は尊奈門と一緒に落としてしまった手裏剣を拾い、付いた土を布で払っていた。


「ごめんなさい、鉄製の手裏剣は貴重なのに・・・箱ごと落としてしまうなんて。」


カシャリ、カシャリと綺麗になった手裏剣を木箱に戻しながら呟く。



「いや、気にするな、鉄は重いしな。私も子供の頃はよく落として叱られたものだ。
まあ箱ごと落として8つしかダメにしなかったのは君も運がいいよ。」


そしてすぐに、いや違った9つ目だったなとハハっと笑う。
尊奈門は子供の頃に叱られたというのに、
自分は良い年をして同じ内容で叱られているのかと苦笑した。


「尊奈門さんは私よりも年上なのにずっとしっかりしてて、凄いなあ・・・」


「いやいや、今でも組頭どころか小頭にも叱られてますよ!
忍は一生が修行ですからね・・・っ?!」


小娘の返事を思い返してえっと顔をあげる。


「・・・と、しうえ?」


はいとあっけらかんと答える小娘に信じられないと驚き、
尊奈門の丸い目がさらに丸くなった。


「嘘・・・だろ?!てっきり同じ年か年下かと・・・いやすまないそういう意味では・・・
いやすみません。」


突然の事実発覚にどう反応していいかわからない。
立ち振る舞いや仕草から勝手に妹分のように思っていたが、
そこまで口にしたら失礼かもしれない。
だったらもう少し落ち着いた方がと思ったがこれも口にするのは論外だろうし、
と色々考えてしまうとうまく言葉にならなかった。

小娘は気にする様子もなく自嘲気味にふふっと笑った。


「いえ、よく言われるんです!
もう少し落ち着いた方がいい、とかも・・・」



なるほど自覚はあるらしい。


だから話し方も今まで通りで気を遣わないでくださいと言いながら、
小娘は最後の木箱を片付ける。
そしてやっと終わったと空を見上げると、太陽はまだ少しだけ東に傾いているようだ。
それを確認し、持参したカゴを背負って尊奈門に向き直って声をかけた。


「あの、私は少し出かけてきます。」

「わざわざここからでかけるのか?」

大丈夫かなと尊奈門は少し心配になる。




─── ピーーーーッ。




甲高い笛の音が響き渡る、組頭だ。



「そろそろ召集だ。私はもう行くが、山菜採りとはいえ油断するな。
特に君は忍じゃないんだからな。気をつけて行くんだぞ。」


小娘にそう言い残し、尊奈門は素早く軍隊へ戻っていくのだった。



午後になり、タソガレドキ軍は本格的にユウビノ里についての策を練っていた。
領地について戦が発生しそうな場合、こちらから向かわせる戦忍の数。
それに見合った武器とその数についても組頭を中心に割り出され、
部下が密書に記していく。


「ふむ、手裏剣も使うと。
ふっ、小娘が頑張って運んだ甲斐があったというわけですね。」


真剣な戦談中に気の抜けた話題を持ち出され、雑渡は興味も示さず一言咎めた。


「山本、任務中だぞ。無駄話はするな。」


今はこの話題はタブーなようだと空気を読み、山本はこれは失礼と密書に向き直る。


「あとはドクタケ城の雇う忍について、もっと探る必要があるな。
かなり腕の立つ・・・だけではなんとも、見えん。───陣佐。」



呼ばれた主は「ハッ」と短く答え、
行けと促された通りに塀を飛び越えドクタケ城へ向かう。
その背中はすぐに小さくなり、やがて完全に見えなくなっていった。



なかなか有意義な戦談になった。雑渡はそろそろ昼休憩だと者共へ伝えると、
尊奈門が慣れた手つきで部下たちに食事を配り歩く。


「どうぞ、組頭。」

「・・・ああ。」


手渡された相手が尊奈門だったこと、休憩時間になってもあの煩い声が
一向に聞こえてこないことに雑渡は少しの違和感を覚えた。
いや雑炊を渡してくる相手が尊奈門だったことに"違和感"を感じてしまった自分に
まず身震いをする。
なんだ、うんざりする光景でも見飽きると感覚が麻痺してしまうものなのか。


奇妙な感覚を振り払うように雑炊を啜る。




「・・・・・・・・・?」




雑渡は一度ストローを口から外し、じっと竹筒を見つめた。
尊奈門が不思議そうにどうしたのかと尋ねる。


「美味い。」


思わず素直な感想が漏れると、尊奈門は満足そうに笑った。


「だってそれ作ったの、あの娘ですからね♪」


言われた瞬間雑渡は咳き込み、
頭巾をずらして口元を拭い恨めしそうに尊奈門を睨みつける。



やられた。




「お前・・・組頭を図った、ということだな?」


しまった調子に乗りすぎたと青くなる尊奈門が、
宥めるようにひきつり笑顔で問いかける。


「でも美味いって・・・美味いって言いましたよね!
毒も入っていませんでしたよね!」



また一本取られてしまった、小娘ごときに。
これ以上余計なことをするなと伝えなければ。


「もういい加減こちらのことに手を付けられては困る。
あの小娘はどこだ?」


「あの娘なら、山菜採りに出かけましたけど。」








ぴたり、と一瞬雑渡の動きが止まる。




「行かせたのか?」


はい、と今朝と同じくなんの疑いもなく答える尊奈門に
無駄だと思いながらも問いかけてみる。


「方角は。」



「・・・方角?」



「向かった山の方角だ・・・!!」



昨日ももう1人の未熟者と全く同じやり取りをしたのだ。
無駄な会話に語気が強まる。


「え、すみません、方角までは聞いてませんけど・・・」


こいつの忍びにおける技術面は買っているつもりだが、
"読み"にいたってはまだまだ甘いようだ。
昨日から今日にかけての戦談で何を聞いていたのか。なぜ何も疑問に思わないのか。


「お前は本当に、未熟者だな。」


「ぐっ・・・」


今日2回目の衝撃に耐えかね涙目になる尊奈門を見下ろしたあと、
雑渡は小娘が向かったであろう東の山へ目を向ける。
フンと鼻を鳴らし、口元に手を当て何かを思案するのだった。


その表情は誰にも読めず─


「・・・組頭?」


尊奈門の問いかけにも反応せず、ただじっとその方向を見つめながら──。



第2章前編 完

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