弐拾陸

こんにちは、ユキです。昨日は仕事が大変でした。さらには土方さんの奢り。そんな借り要らないんですけど。大将がどうしても受け取ってくれなかったんです。「返すんなら本人に返してやってやんな」…無理だから頼んだのに。



今日はお休み。気分的にのんびりしたくて、噴水のある公園に本を片手に来ていた。暖かなひざし、遠くで聞こえる子供の遊ぶ声。ゆっくりと流れる時間に満足しつつ、静かに本に視線を落とした。

ふと視線を感じて顔を上げ、左隣を見てビクンッと肩が跳ねる。サングラスにヘッドホンのツンツン頭。革ジャンを羽織り、背中に三味線を背負った男の人が、こっちをジーッと見ていた。

「…」
「…」

えぇぇぇ。どうしたらいいの。

「ふむ、なるほど。」

何がなるほどなんですか。

「晋助が妙に肩入れしているからどんな娘かと思ったら…」

普通のお嬢さんでしょ。

「面白い。」

え?

「それに拙者の好みでござる。」

はぁ?

「お主、名前は?」
「…」
「拙者は河上万斉でござる。」
「…吉田ユキです。」

どうせ知ってるだろうし、知らなくてもバレるだろうから名乗っておいた。てかさっきこの人なんて言った?

「ユキ」
「…はい。」
「お主のことは晋助を通して知っていた。」
「…高杉さんですか。」

高杉さん何話したの。いや、この間また子ちゃんも知ってたみたいだしな。私が本人だとは知らなかったみたいだけど。

「うむ。部下の1人が最近、晋助の様子が可笑しいと気にしてたのだ。奴は話そうとはしなかったが、調べたら直ぐに分かったでござる。」

調べたのアンタかい。

「我等にとって足枷となるようなら斬るつもりでいたが…」

え…えええぇぇぇぇ!?何コレ、死亡フラグ?マ、マジでかァァァアア!!?
ど、どどどどどうしたらいいのコレ。え、死ぬの?

「気に入った。」

え?

「主の事、もっと知りたくなったでござる。」

2人の間にあった隙間を埋めるように、万斉さんが近寄って来た。え?取り敢えず死亡フラグは回避出来たんだよね?

「あ、の…河上さん、」
「名前で呼ぶでござるよユキ」
「…万斉さん、あの、近いです。」

左手はすっかりと捕まり、逃げることは困難。徐々に身体を右側に反らしている状態である。え?何、セクハラ?
その時、パトカーのサイレンが聞こえた。徐々に近付いて来ているようだ。

「真選組か。」
「…」
「まぁ、今日は様子見だったし、コレくらいにしておくでござるよ。」
「…」
「またな。」

サラッと頭をひと撫でして万斉さんは去って行った。私は何事かと暫くの間動けなかった。