欲しかったのは

「お誕生日おめでとうございます。」
「………は?」

今日は5月5日。街中に鯉のぼりがパタパタと空を泳いでいるのを見て、ふとそういえばと思い出したのが3日前のことだ。そして今日偶然定食屋で土方さんと鉢合わせをしたので、上記の台詞を言ったわけだ。
土方さんは突然のことに数秒の間を開けて、目を見開いていた。

「あれ、今日…でしたよね?」
「あ?あぁ、そうだが…」

?なんだろう。眉間に皺を寄せてチラチラと私を見て、視線を落として言った。

「…まさか、オメェから言って貰えるなんて思ってなかったんだよ。」

…は!そういえば土方さんと誕生日の話なんかしたことないや。も、もしかして不審がってますか。土方さんの誕生日知ってたこと怪しんでますか。
や、やっべェェェェ!!どれくらいヤバいのかも分からないけどヤバいよねこれ?

「えーと…」
「今夜は無理だが、明日…呑みに行かねえか?」

尋問か何かですか?いや、でも呑みにって言ってるから本当に呑みになのかもしれないぞ。よし決めた。

「じゃあお店決めておきますね。」
「え、あ、あぁ。」

あくまでもしらを切ってやるぞォォォ!下手に敵地に誘い込まれても相手の思うがままだ。店は当日のお楽しみってことで。

「ふ……楽しみにしてる。」

口角を上げ、ニヤリと笑う土方さんに内心汗が止まらない。わ、私別に攘夷とか全く考えてませんから。ちょぉっと本の向こう側から迷い込んだ一般人ですから!…これ一般人か?
取り敢えずその場は頭を下げてさっさとずらかる…帰る事にした。あ、因みに何故か何度かご馳走になっているので、今日は土方さんの分も払おうとしたら、鋭い眼光で断られた。





お店はどこにしようか。土方さんて一応高給取りのお偉いさんだよね。…急に自信が無くなってきた。あんまり高級な所は無理なんですが。
まあいつものところのほうが、初めて行ってオドオドするよりも安心かな。よし、前に銀さんと行った創作料理のお店にしよう。あそこならわりと新しくて綺麗だし。料理も美味しいし。

コンビニでパラパラと雑誌を捲る。暫くすると土方さんが入ってきて、パチリと目が合ったので雑誌を閉じた。

「こんばんは。」
「おう…悪ぃな遅れて。」
「いえ、私も先程着いたばかりなので。此処から結構近いんです。行きましょうか。」
「あぁ。」

コンビニを出ると途端に暗さが際立つ。けれど空には船が飛んでいて、星の明かりはとても見えにくい。肌にあたる風が数日前よりも温かくて春の訪れを感じる。
辺りの様子をさり気なく窺うが、真選組が潜んでいるようには思えない。いや、気配とか分からないけど。

「…」
「…」

お世辞にも早く歩けているとは言えないだろう、着物を着た私の半歩後ろを大股歩きでついて来る土方さん。落ち着いた色の着物は彼によく似合っていて、くわえた煙草も様になっている。
うーん、今日は純粋に呑みに来ただけかもしれないぞ。そうだよね、別に私怪しいことしてないし。

「…」
「…」

…なにこの沈黙。視線をずらして土方さんを視界に入れ様子をうかがうと、チラチラと見てくるみたいだ。え?なにこれって、あ。

「あ、あああのよぉ」
「ここです、着きました。」
「あ、そう…」

ん?

店内に入り、カウンターに腰掛ける。昨日のうちに料理を幾つか見繕って貰った。清酒を頼んで乾杯、お通しをつまむと土方さんが口を開いた。あ、筍美味しい。

「よく来るのか?」
「偶にですけど。土方さんはこの店知ってました?」
「屯所からも近いからな、知ってはいた。だが入ったのは初めてだ。」
「そうですか。」

土方さんって食べる物はマヨだけど、なんたかんだ舌は肥えてそう。ほら、高給取りだから。接待とかもそりゃあ有るんだろうし。でもどうやら料理もお口にあったようでほっとひと安心。ほんの少し口角があがっている。

「土方さん」
「あ?」
「誕生日、おめでとうございます。」
「……おう。」

一瞬目を見開いてからふっと微笑んだ土方さんは文句なく”色男”で。思わず見惚れてしまうのも仕方のない事だと思う。