贅沢な一時A




ピンポーン



震える手を叱咤してインターホンを鳴らす。
俺の誕生日祝いと称した宴会以降、なかなか休みが取れなくて数日が経った。そして漸く今日の午後から明日の午前中だけ休みが取れたので、今日の夕方からユキさんにお呼ばれする事になったのだ。

ドックンドックンと波打つ心臓。一応土産にと買ってきた鬼嫁。それをくるんだ風呂敷の結び目をギュッと握って扉を見つめた。インターホンを押して数秒後、パタパタと扉に駆け寄る音が聞こえた後にガチャリと扉が開いた。

「いらっしゃい沖田さん。」
「き、今日はお招きありがとうございやす!これ、お土産でさァ。」
「わぁ鬼嫁。わざわざすみません、ありがとうございます。狭いですけどどうぞ。」
「お、お邪魔しやすっ。」

扉を開けてくれている吉田さんに促されて玄関へと入る。扉が閉まった瞬間に香る他人の家独特の空気に、背筋がぞわぞわとする。
部屋は一人暮らしには十分過ぎるくらいの広さで、シンプルだけどやはり女性らしいデザインの家具や小物に心臓がドクリと音を立てる。

「すぐ用意しますね。座ってて下さい。」
「う、あ、て、手伝いやす!」

こ、こんな部屋に一人居て、ユキさんの背中を眺めていたらこう…落ち着かないというかなんというか。

「え、でも沖田さんのお祝いなのに…」

こてんと首を傾げるユキさんに小さく微笑む。俺からしたら、此処(ユキさんの部屋)に居れるだけで十分なんですけどねィ。この後さらにユキさん手作りの料理をユキさんと二人きりで食べれるだなんて、俺幸せすぎまさァ。

「俺がやりたくて言ってるんでさァ。…あ、もしかして邪魔になりやすかィ?」
「いえ!じゃあ、あの、お願いします。」
「はい。」

手洗いをして、食器類を運ぶ。大きめのテーブルには中央に布が掛けてあって洒落た雰囲気になっている。生花もいけてあって女性だなぁと感心。既に並べられていた色鮮やかなサラダとワインを見て口元を緩ませた。

「沖田さん、これも運んで貰えますか?」
「はい…綺麗ですねィ。」

差し出されたそれは一口大の大きさの寿司のケーキで。上にはサーモンで薔薇が模してあったり、キラキラしたイクラが飾ってあったりする。大葉や刻みネギの緑、サーモンやイクラ、鮪の赤、玉子の黄色。
寿司なんてシャリの上にネタの乗ったものや、ちらし寿司くらいしか思い付かないのに、ユキさんの手に掛かればこんなお洒落な食べ物になるんですねィ。スゲェや。
運び終わって再びユキさんの元へと戻る。手元を覗くと、アルミホイルにくるまれた何かで。何だろうと眺めていると開くホイル。

「すげ。」

其処にはお偉いさんの食卓やパーティーでしか見たことの無いものがあって。それを薄くスライスしていくと、ほんのり桜色の中味が現れる。

「ローストビーフ、ですかィ?」
「はい。今って専用のお肉が売ってるんですよ。」
「そうなんですかィ?」
「はい、だから自宅でも簡単に出来ちゃうんですよ。」

そうは言っても俺じゃ作れねえし、屯所の食堂でも出ることは無いだろう。ホテルのレストランとか行かねえと食えないイメージ。やっぱスゲェ。
そのスライスされた肉は綺麗に皿に乗せられ、特製だというソースがかかる。光でキラキラ光るそれは甘辛そうで、肉とよく合いそうだ。周りには一口サイズに纏められたスパゲティ、ブロッコリーやプチトマトが飾られている。
けれと深めの皿に一口大の丸パンを手に持った。このパンは昼間に焼いたそうだ。えっ、パンまで手作りですかィ!?と思わずユキさんの顔を二度見するとユキさんは笑ってた。意外と簡単に出来るんですよと微笑むユキさんに、思わず呆けた声が漏れた。

「あとはスープだけなので、先に座ってて下さい。」
「はい。」

二人分なのに凄いボリュームだな、と既に並べられた料理を眺める。どれも美味しそうで手間が掛かってて自然に口元が緩む。
それにしても、俺は何処に座ればいいんですかねィ。いや、上座とかそんなもんじゃなくて、きっとユキさんにも定位置っつーのがあるだろうし。うーん…。
暫くするとカチッと音が聞こえた。どうやら火を消してスープを注ぎ始めたらしい。立っているのも可笑しいので、取り敢えずユキさんが見える位置に正座で腰掛けるが、いや男が正座は可笑しいな、と思い胡座をかいた。

「お待たせしました。」
「ありがとうございやす。どれも美味しそうですねィ。」
「お口に合うといいんですけど。」

先ずはユキさんが用意してくれていたワインがグラスに注がれる。

「それじゃあ食べましょうか。」
「はい。」
「お誕生日おめでとうございます沖田さん。」
「、ありがとうございやす。」

カチンとグラスを鳴らす。ユキさんが優しく笑ってくれるもんだから気恥ずかしくなって俺もへらりと笑った。

ユキさんの料理はどれも絶品で、食も酒も進む。真選組の奴らの話とか武州の時の話とか。万事屋の旦那や姐さんの話。お薦めの定食屋から面白いドラマの話など、沢山の事を話した。普段から俺は口数が多い方では無いが、俺のことを知ってほしくて、ユキさんのことを知りたくて色々な話をした。それは苦痛ではなくて。次々と溢れてくる言葉にユキさんも笑って応えてくれた。

食事も終わり、グラスに残った酒をチビチビと呑んでいると、ユキさんはほんのりと赤く染まった顔でこてんと首を傾げた。

「沖田さん、お腹膨れました?」
「はい。スゲェ美味かったですぜィ。」
「良かった。ケーキもあるんですけど、もう少し後にしましょうか。」

ケーキまで用意してくれていたなんて予想外で、嬉しくなって破顔する。

「ありがとうございやす。」

その後はテレビを点け、お笑い番組を肩を並べて見ながら笑って、歌番組ではユキさんの口ずさむ声に耳を澄ませて。
出てきた手作りケーキに再び感動して。雰囲気作り、とユキさんが笑いながらケーキに差した蝋燭に火を灯して明かりを消せば、暗闇の中でぼんやりと浮かび上がったユキさんの優しい笑顔。
それが嬉しくて、気恥ずかしくて、愛しくて、幸せで。酔いからでは無い顔の赤さを誤魔化すように、蝋燭に息を吹きかけた。






総悟くんハピバ!