春の恵み

休日の朝。
唐突に委員会の収集がかかり、ぼんやりとした頭のまま校門前に集まった。

「筍掘りに行くぞー!」
「「「「おーっ!!」」」」

ユキさんの号令で、拳を握って手を掲げる七松先輩を始めとする体育委員の面々。それを一歩離れて眺めている私、平滝夜叉丸は人知れず溜め息を吐いた。
こうして吉田ユキさんが体育委員の活動に参加する事は珍しい事では無い。食堂のおばちゃんに弟子入りしたらしい彼女は、時々薪拾いや山菜摘みを兼ねてマラソンに参加するのだ。
そして、どうやら今日は筍掘りをする事にしたらしい。我々は裏裏山の竹林までマラソンを兼ねて走って来たのだった。既に息切れをしている我々をよそに、七松先輩は元気よく筍を探しに走ろうとする。

「よーし筍を探すぞ!いけいけどんどーん!!」
「馬鹿七松!そんな速度で走って筍が見つかるわけ無いでしょうが!!」
「え?あ、見ろ!こんな大きいのがあったぞ!」
「それは成長しすぎなのでは…」
「流石滝くん!自称優秀と名乗るだけはあるね!」

ふふん、そうでしょうそうでしょう!教科も一番、実技も一番の私ですから…っと、グイッと腰の紐が引っ張られて意識を戻す。因みに、腰の紐の先には三之助が繋がっている。無自覚の方向音痴なので、野放しにしておくと迷子になってしまうからだ。
三之助の視線を辿るとユキさんが金吾と四郎兵衛が熱心にユキさんの説明を受けていた。

「いい?掘るのはほんの少しだけ頭を出してるヤツだよ。例えば…コレ!踏んでごらん。」
「はい。…あー、言われてみれば確かに違和感がありますね。」
「僕も踏んでみたいです!」
「僕も!」
「俺もいいですか?」
「優しくねー。」
「「「はい!」」」
「こんな小さいのを掘るのか?」
「筍はね、地中にあるんだよ。それに小さいほうが柔らかくて美味しいって人も居るんだから。」

ザッザッと木の葉を退けると見えてくる少し盛り上がった土。その中央から土を割るようにほんの少しだけ筍の頭が出ていた。
ユキさんは意外と物知りだ。おばちゃんに弟子入りしただけあって、山菜や茸に詳しかった。そして、女性なのにフリーで忍者をやっていただけあって体力もある。そのため七松先輩も懐いているみたいだった。

「つまらんぞユキ!」
「これはね、鍛錬だよ七松。」
「鍛錬?」
「そう。木の葉が敷き詰まった山道で、如何に足音を立てずに移動する事が出来るか。」
「む…」
「足下に仕掛けられた罠に如何にいち早く気付くか。」
「…」
「それはね、鍛錬するしかないんだ。些細な仕掛け、違和感に足裏で感じることが出来るように。」

そして巧みな話術。嘘や思い付きを並べてあたかもそれが正論であるかのように話す。
七松先輩は分かった!と言って周辺を散策し始めた。突発的にやっても足音がしないのは流石六年生というところだろうか。
暫くすると七松先輩は幾つか筍を見つけたらしく、興奮したように私たちを呼び集めた。

「よーし、では掘るか!いけいけどんどーん!!」
「馬鹿七松!そんな勢い良く掘って筍が傷ついてしまったらどうする!」

クナイを勢い良く振り上げた七松先輩の頭を叩いて止める。凄いなユキさん。

「またかユキ!つまらんぞ!」
「いいか七松、これも鍛錬だ。」
「掘るのなら任せておけ!私は普段から塹壕を掘っているから大丈夫だぞ!」
「筍は傷付きやすいんだ。勢い良く掘ったら簡単に傷付いてしまう。」
「そうなのか?」
「例えばとある城に侵入したとするでしょ。狙っていた巻物が地面に隠されてしまっていたとする。その時、七松が塹壕を掘るみたいに勢い良く掘ると、もしかしたら破いてしまうかもしれない。」
「うーん。」
「もしかしたら巻物に紛れて火薬があるかもしれない。そのような場所は慎重に掘らなければいけないだろう?」
「うむ、そうだな。」
「これは、そのための鍛錬になるんだ。だから慎重に掘らなければならない。」
「ふーん、分かった!」

こうも簡単に丸め込まれてしまう七松先輩を見ていると不安になる。先輩も優秀に違いないが、細かいことを気にしない分、簡単に騙されてしまいそうだ。
ザクザクと土を掘る音が響いて、ふと汗を拭って顔をあげる。思いの外熱中していたらしい。近くにいたユキさんが各々の籠を覗いてニヤリと笑う。

「よしよし、これくらいあれば師匠も喜んでくれるかな。驚くかなぁわくわく。」

口でわくわくと言ってしまうくらいユキさんは嬉しいみたいだ。ユキさんは皆を喜ばせたいという思いよりもおばちゃんを喜ばせたいと思っている。おばちゃん第一主義な人だ。

「おーい皆集合ーっ。」
「なんだ?」
「金吾泥だらけだよ。」
「四郎兵衛先輩だって。」
「滝夜叉丸先輩?」
「あ、あぁ今行く。」

にっこにっこと笑うユキさんの元に首を傾げながら集合する。すると彼女は小さな筍を1つ見せながら言った。

「知ってた?筍って掘りたてなら生でも食べられるんだよ。」

だけど、時折見せる彼女の優しさが私達学園の生徒を惹きつけていて。

「そろそろ掘るのは終わりにして、食べてみよ。」
「わーいっ!」
「この辺に泉はあったっけ?」
「向こうにあったぞ!」

今にも走り出しそうな七松先輩の後ろで腕を組んで微笑むユキさんに小声で問う。

「い、いいんですか?おばちゃんに渡す分がへってしまうのでは…」
「大丈夫大丈夫。一つや二つ減ったって問題ないさ。」

よっこいしょと籠を担いだ彼女に倣って自分も籠を背負う。

「それに、手伝ってくれた君達へのご褒美だよ。こうして掘った本人達しか味わえないわけだからね。」

ま、私は師匠の筍ご飯とか煮物のが楽しみだけどと笑うユキさん。早くしろー!と叫ぶ七松先輩の声に軽く手をあげたユキさんの横顔を見て、私も楽しみだと口元を緩めた。