怪我人を探せ@

※『出会えた奇跡』同主設定。



「ったく、大丈夫か伊作。」
「すまない留三郎。助かったよ。」

いつも通り蛸壺に落ちてしまった僕、善法寺伊作は、偶然近くを通りかかった食満留三郎に手を伸ばされて救出された。
そこでふと鼻を掠めたにおいに顔をしかめた。

「留さん、どこか怪我してるの?」
「は?」
「どこ!?どうして保健室に来ないんだい!?」
「悪い、委員会の途中なんだ。また後でな!」
「あっ!…ったく」

仕方無いなぁ。後で救急箱を持って留さんの所へ行こう。些細な怪我でも放っておけないからね。

「留さーん」
「あ?どうした伊作。」
「どうした、じゃないだろう。一体何処を怪我したんだい?治療薬を持ってきたよ!」
「取り敢えず今治療が必要なのは伊作じゃないか?」

アヒルさんボートの船首飾りを持ちながら呆れた顔で見てくる留三郎。まあ言いたいことは分かる。何故なら僕はボロボロだからだ。
あれから、急いで保健室に戻り救急箱を手にしたら薬棚が倒れてきて。這い出ようとしたところに乱太郎と伏木蔵がやってきて足元の薬草に足を滑らせ。そこに水を汲んできた数馬が入ってきて乱太郎に足を引っかけ…うん。まあ保健室を出てからも色々あった訳だけど。

「僕のことはいいんだ。そんな事より…」
「良くはないだろう。ったく、ほら貸してみろ。」
「あ。」

僕から救急箱を取り上げ、素早く僕の治療を施していく留三郎。保健委員じゃなくてこの手際の良さは彼の器用さのおかげか学園での六年間の賜物か、はたまた僕の怪我の多さのおかげが。取り敢えず留三郎は僕を治療してくれた。救急箱を仕舞おうとする手を止めさせてにっこりと笑った。

「さ、次は留三郎の番だよ。」
「は?」
「無理して隠さないでよ。」
「つってもなぁ。怪我っつってもこれくらいだぞ?」

そう言って腕捲りをして腕を出す留三郎。そこには確かに傷があった。あったはあったが…

「…これ?」
「そうだが?」
「嘘だぁ!だってさっき僕を助けてくれた時、確かに…」
「さっき?」
「血のにおいが…って、え?」
「俺はずっと此処に居たぞ?」
「じゃあ、さっき僕を助けてくれた留三郎は…」
「鉢屋じゃないのか?そんな事するのアイツくらいだろ。」

そっか、あれは鉢屋だったのか。それなら納得だ。アイツは怪我を隠したがる。それが任務だろうと実習だろうと。

「そっか、じゃあ鉢屋探してくるよ。」
「待て伊作、俺も途中まで行く。これ以上お前が怪我してたら意味無えからな。」
「あはは、助かるよ。」

おそらく鉢屋は委員会中だろうと、学級委員長委員会へと向かう。途中幾つかの罠に嵌まったのだけれど、辿り着いた時にはたんこぶ一つで済んだ。

「おーい鉢屋。」

ガラッと障子を開けると委員会は終わったらしく、尾浜だけが居た。

「やあ尾浜。鉢屋は居るかい?」
「三郎なら学園長に呼ばれてて。そろそろ戻ってくると思いますけど。」

尾浜がへらんと笑った。待たせてもらおうと断りを入れて中に入り座った。

「何かあったんですか?」
「うんまあね。」
「善法寺先輩が救急箱を持ってるということは、三郎怪我でもしてるんですか?」
「その通りだよ。」

アイツ、そういうのは隠しますからね。と眉を下げて尾浜が笑う。困ったものだねと僕も笑うとガラリと障子が開いた。

「今戻ったぞ。あれ、善法寺先輩。」
「おっかえりー。」
「やあ鉢屋。」
「三郎怪我してるんだって?善法寺先輩がわざわざ治療しに来てくれたよ。」
「怪我?私が?」

尾浜の問い掛けにキョトンとした顔をする鉢屋。その表情に嘘など見えず混乱する。

「さっき僕を助けてくれたのは鉢屋じゃないのかい?」
「さっき?いえ、今日善法寺先輩に会うのは初めてですが…」
「本当に?」
「え、ええ。」

首を傾げていると尾浜が不思議そうに尋ねてきた。

「善法寺先輩、一体どんな状況だったんですか?」
「ああ、さっき僕が蛸壺に落ちてたところを留三郎が助けてくれたんだけれど、その時に少し気になってね。」
「では食満先輩なのでは?」
「そう思ってさっき留三郎の所に行ってきたんだけれど、どうやら違うみたいでね。なら鉢屋だろうと思って来たんだ。」

結構酷い怪我だと思うんだよなぁ。大した応急処置もしていないみたいだったし。

「それって…」
「ああ。アイツだろうな。」
「アイツ?」
「ユキさんですよ。食堂のおばちゃんに弟子入りした。」
「ああ、あの?」

僕ら六年は実習の関係で彼女を紹介した朝会には出れなかった。けれど後輩から噂は幾つか聞いていた。自分達でも何度か見張りはしたものの、五年生に比べると接点は少ない。

「彼女、変装の名人なんですよ。それこそ鉢屋以上の。」
「え!?」

鉢屋を見ると面白く無さそうに口をとがらせていた。けれど否定しないところをみると、それは事実なのだろう。忍術学園一、二を争う変装名人の鉢屋以上の変装名人か。フリーの忍とは聞いていたけれど其処までの人物だったなんて。

「というかユキさん怪我してるんですか?」
「あ、ああ。そういうことだね。」
「じゃあ手伝いますよ。善法寺先輩が行っても逃げるだけだろうから。」

どういう意味だ。僕が頼りないってこと?確かに不運だけど六年此処にいるんだ。やるときはやるんだけどな。

「そうだな。食満先輩の変装をして善法寺先輩に接触したってことは、そろそろ六年生の変装が完成するんだ。当然、善法寺先輩の事も詳細に調べ尽くしてあるに違いない。」

つまり、僕が怪我に対して執着するということを知っているということだろうか。といっても殆ど接触したことないし、気配も感じなかったんだけど。それほどの凄腕忍者ということだろうか。

「三郎はこの間ユキさんに出し抜かれちゃったんです。それが悔しいらしくて。」
「次は私が勝つ!」
「どうせまた食券とられるだけだって。」

知らないうちに五年は随分仲良くなったみたいだ。警戒心の強い鉢屋がこれだけ懐いているなんて。僕も少し興味が出てきた。

「じゃあ行こうか。」

鉢屋と尾浜を連れ立って、彼女が居るであろう食堂へと足を進めた。





続きます。