怪我人を探せA

※『怪我人を探せ@』の続き。



食堂に着く頃、遠くで宝禄火矢の爆発音が聞こえた。また仙蔵が試作でも作っているのだろうか。

「おばちゃん、吉田さん居ますか。」
「ユキちゃん?ええ、居るわよ。なんだか顔色が悪いから其処で休んで貰っているけれど。」

おばちゃんの視線を辿ると食堂の隅の席にぐったり、というよりはしょんぼりとした吉田さんが居た。

「吉田さん、治療しに来ましたよ。」
「えーと君は…」
「保健委員会委員長の六年は組善法寺伊作です。先程は助けて頂いて有り難う御座いました。」
「ユキさん、なんでこんな所に座ってるんですか?いつもなら料理しているおばちゃんの側から離れないのに。」
「師匠がお許しを出してくれないんだ。腕捲りをした時に傷が見えたらしくてね。」

断りを入れてから袖を捲る。その部分は血は出ておらず、擦り傷になっていた。女性なんだから肌に傷は残したく無いだろうに。どうして放置しておいたんだか。

「いやー、ここのくの一は優秀だね。忍び込んだら簡単に見つかって手厚く追い返されてしまったよ。」
「へえ…」

確かに此処のくのたまを見ていると女って強かなんだなと思う。低学年の頃の記憶から今でも苦手意識はなかなか消えてくれないし。うん、格好の餌食だったんだよね僕。
思わず遠い目をしながら吉田さんの腕に軽い消毒をしていると、鉢屋が顔を真っ青にさせて震える指で吉田さんを指しながら言った。

「…お前因みにどの”顔”で忍び込んだんだ?」
「「……」」

思わず尾浜と顔を見合わせる。僕と出会った時には留三郎の姿で、既に怪我をしていた。その時が忍び込んだ直後だとしたら。
不穏な空気が漂う中、一人の一年生が忍者らしくない足音を響かせて食堂へと走り込んできた。

「せ、先輩ー!伊作先輩ー!」
「乱太郎!どうしたんだい?」
「向こうでくのたまが!食満先輩が!」
「「「あー…」」」

乱太郎の報告に思わず額に手を当てる。予想通り、忍び込んだ時の姿は留三郎の姿だったようだ。頭が痛くなってきたよ。

「それから!」
「…まだあるのかい?」
「くのたま達はそのまま鉢屋先輩を探し回っているみたいなんです!」
「げっ!!」

くのたまも忍び込んだのが留三郎でないと気が付いたんだろう。…襲撃後に。ならば次に狙われるのは必然的に変装が得意と有名な鉢屋だ。珍しく焦った顔をした鉢屋が走り出した。

「わ、私は暫く身を隠す!覚えてろよユキ!」
「頑張ってね三郎ー!」

ドォン!!と近くで爆発音が聞こえる。けれど複数であるはずなのに足音が一切聞こえないのは流石は忍といったところだ。くのたま怖い。

「ふ…。正義は勝つ!」
「どう考えてもユキさんは正義では無いですけど。」
「包帯は足りるだろうか。乱太郎、先に行って準備しておいてくれるかい?」
「は、はい!」
「俺も行きます。一年だけでは食満先輩や三郎は運べないでしょうから。」
「尾浜先輩ありがとうございます!」

乱太郎と尾浜が行ったのを確認してから吉田さんに向き直る。
なんだかんだ後回しになってしまったけれど、当初の目的を忘れてはならない。

「吉田さん。」
「はいはい。」
「背中、見せて貰えますか。」

あの時”血のにおい”に気が付いていなかったら分からなかった。それ程彼女は上手く隠していたという事だ。実際既に血のにおいはしないし、痛みを耐えるような顔もしていない。

「うーん…」
「女性ですから、僕が嫌なんでしたら新野先生や後輩でも構いません。治療させて下さい。」
「いやぁ、これ学園での怪我じゃないからさぁ。」

任務での怪我、ということだろうか。この時代薬は高価なものだ。だから彼女が言うことも分かる。けれど。

「そんなの関係ありません。僕は保健委員ですから!」

腕を引っ張れば簡単に持ち上がる身体。軽過ぎな事にも驚いたが、それよりも驚いたのは支えた時に触れた身体がとても熱かった事だ。血の気が無いはずなのに血色が悪くなかったのはそういうことか。

「熱出てるじゃないですか!」
「あー。」
「吉田さん歩けますか?僕が抱いて行きましょうか?」
「いや、君に任せたら余計に危なそうだよ。」

笑う彼女に不安が募る。このままにしておいたら確実に悪化する事が分かっているのに。

「…おばちゃんだって気が付いていると思いますよ。」
「え?」
「長年此処に勤めているんですから。僕ら生徒や先生方の顔色には敏感な筈です。」

毎朝一番に顔をあわすおばちゃんは、さり気なく僕らの体調を気にしてくれている。顔が赤くないか、目は虚ろでないか。元気が無かったら声を掛けてくれて、落ち込んでいたら励ましてくれる。おばちゃんは僕らの母上では無いけれど、母上みたいな人だ。

「心配、してましたよ。」

少しだけ握った手に力を入れる。
この人がどのように育ってきて忍になったのかは僕は知らない。けれど知識としてフリーの忍者がどのようなモノかは知っている。頼るものはなく、全責任が自分に降りかかってくる。体調管理もスケジュール管理も全て、自分の事は自分でやらなければならない。

人を頼る、ということをしない、出来ない人が多いんだ。

だから心配になる。それが例え甘いと言われても。だって僕は、保健委員だから。
自然と伏せていた視線をあげる。すると吉田さんは先程と変わらない表情で僕を見ていて。やはり伝わらないかともう一度目を伏せたその時、吉田さんがポロリと言葉を零した。

「マジでか。」
「え…はい。」

ガシッと腕を掴まれる。あまりの剣幕に身体を引くが、吉田さんは気にせずにそのまま走り出した。どこの暴君。

「すぐ行こう早く行こう。ほら善法寺早く!」

鉢屋以上の変装名人。悪戯好きで、僕を軽々と穴から引っ張り上げる事が出来る腕力の持ち主。我慢強くて弱みを見せない、元フリーの忍者。

「わぁっ!引っ張らないで下さいいいぃぃぃぃぃぃぃ…」

五年生が懐いたアナタのことを、今日1日でほんの少し知れた気がした。