感謝する心

※『出会えた奇跡』同主設定。



「じーーーっ」
「……」

かれこれ半刻は経つだろうこの状況。昼時を過ぎた食堂では、生徒はすっかり疎らになっている。

「…吉田さん、勘弁してくれませんか?」
「いや、土井さんこそ観念したらどうですか?」

一進一退の攻防戦。
緊迫した空気が流れる中、一年は組摂津のきり丸は溜め息を吐いた。

「もう、二人ともいい加減にして下さいよ。土井先生の練り物嫌いも今に始まった事じゃないんだし、吉田さんも諦めたらどうっすか?」
「きり丸…!」

感動的な声を出す土井先生だけど、そんな大それたことではないと思う。練り物を食べるか食べないかの話だし。土井先生の練り物嫌いはおばちゃんでも治せないモノなんだから、吉田さんも諦めればいいのに。二人して頑固だなぁ。

「いやねきり丸くん。私は不思議で堪らないのだよ。」
「はあ。」
「土井さんがどうして師匠の料理をそれ程までに拒否しているのかがね。」
「別におばちゃんの料理を拒否している訳ではありません、練り物を拒否しているんです。」

おばちゃんの料理は大好きですよ!と力説する土井先生だけど、手元に残った練り物のせいで説得力はまるで無い。
確かにおばちゃんの料理は絶品だ。それこそドクタケの八宝菜とかお殿さまとかが何度もおばちゃんを誘拐するほど。吉田さんは味に惚れておばちゃんに弟子入りしたっていう話だし。
収集がつかず溜め息を吐くと、吉田さんが頬杖をついた。

「土井さん」
「…はい。」
「”勿体無い”って言葉、知ってます?」
「は?」

吉田さんは表情を特に変えることなく土井先生に問いかけた。勿体無いって…勿体無い?
突然の問い掛けに首を捻っていると、土井先生もよく分からなかったのか首を傾げた。

「はあ、勿体無いですか?」
「はい。」
「は、はあ。勿論知ってますよ。無駄にしてしまうのが惜しいとかそういうことですよね。」
「そうですそうです。」
「も、勿論勿体無いとは思います。だから捨てる訳ではなくこうしてきり丸に…」
「”勿体無い”ってね、日本にしか無い言葉なんですって。」
「は?」

何を突然と思うが、吉田さんの表情は変わらず、感情を読むことは出来ない。

「以前仕事で南蛮の人と話す機会があったんですけど、その人の国には無い言葉なんですって。」
「それは言語が違うとかそういうことではなくてですか?」
「はい。なんでも、調理をする人だけじゃなくて、作物や命に敬意を示したり、感謝するって概念が無いらしいんです。」

へえと小さく漏らすが、いまいち話の展開が分からない。

「血肉となってくれる動植物に敬意を込めて、感謝して”いただきます”。食べ終わった後にも”ごちそうさま”。お残しなんて”勿体無い”ですよ。」

こんな時代だから、食べ物に困る人は沢山いる。そんな中で食べ物に好き嫌いを言える状況に居る俺たちは凄く幸運で。命を”いただきます”この国にしかない尊い言葉。
不思議と胸が温かくなったような気がして小さく息を吐く。すると土井先生も小さく笑った。

「そう、ですね…。」
「土井先生…」

そっと吉田さんが箸で竹輪を掴み、土井先生の口元へと持っていく。それを土井先生は今まで無く穏やかな表情で見ていて。

「私も分かってるんです。





………でもそれとこれは話が別なだけでーーっぐ!!?」

吉田さんが土井先生の口に無理矢理竹輪を突っ込んだ。すると土井先生は真っ青になってバターンッと後ろに倒れてしまった。口からは竹輪が半分飛び出ている。その姿はとてもじゃないが年頃の女性に見せる事なんて出来ないもので(しかも吉田さんの目の前でなってしまうんだから)、まだまだ春は遠そうだと溜め息を吐いた。




きり丸視点でした。土井先生とユキちゃんは年も近いので、くっつけば良いのにとさり気なく思ってる。けど土井先生を見る限りまだまだ春は遠そうだと呆れ。