前に倣え

※『出会えた奇跡』続編。二人目の天女編。




「天女様!今日は一緒に食堂でランチを食べませんか?」
「あっずるいぞ!僕だって天女様と一緒に食べたい!」
「あー!僕も僕も!」
「ふふっ、もう喧嘩しないで?皆で一緒に食べましょう?」

わーい!と喜ぶ一年は組達に顔を顰める。こんな状況になって3日目の事だ。

俺達上級生を妙な術で惑わした天女が天に帰って数日後。再び空から女が降ってきたのだ。俺達上級生は再び惑わされてなるものかと意識していたのが功をそうしたのか、彼女に囚われることは無かった。しかし、その代わりに下級生が惑わされてしまったのだった。

「天女様!今日授業でうらうら山までマラソンに行ったときに此見つけたんです!」
「わあ、ありがとう!綺麗ね。」
「えへへ。」
「天女様!今日の放課後委員会があるんです。絡繰り見たいって言ってましたよね?是非来てください!」
「ほんと?嬉しいな。」
「図書室にも来て下さいよ!新しい本の挿し絵がきれいなんです。きっと天女様も気に入りますよ。」
「うん、ありがとう!」

惑わされた下級生達が、俺達のように授業や委員会活動を蔑ろにする事は無かったが、それでも天女の姿を見つけると顔を破顔させ、吸い寄せられるように駆け寄るのだ。第三者から見るとどう見ても可笑しい事なのに、何故当事者は気付けないのだろうか。勿論、少し前の自分達にも言える事だが。

「今日のランチは何だろうね。」
「天女様、僕知ってます!今日はハンバーグ定食です!」
「そうなんだ。楽しみだねー!」
「はい!」

どうにかしてやりたいのに、この状況をどうにも出来ずに立ち往生してしまう自分がいる。今の狂った状態の後輩に何を言っても無駄な事は一度狂った事のある俺には明白で。あの女に関わるのは止めろと幾ら諭しても逆効果。あの女の事を悪く言えば、『天女様はそんな方じゃありません!』と目に涙を溜めて力一杯に主張するのだろう。後輩達に気付かれずにあの女を消す事も考えたが、それで彼奴等が正気に戻る保証が無い。そのため俺達は行動出来ずにいた。

一年は組が天女から離れると、入れ替わるように現れたのは三年生。あの天女は常に下級生の誰かと行動を共にしていた。

「あ!天女様だ!」
「え?あ、本当だ!」
「あら?二人が一緒なんて珍しいのね。」
「作兵衛見ませんでした?あいつまた迷子みたいで。」
「ふふ、なら私も一緒に探すわ。手繋ぎましょう?」

そう言って二人は天女と手を繋ぎ、もと来た方向へと歩き出した。その後ろ姿を切なく思いながら眺め、踵を返して長屋へと駆け出した。



────

外は月が昇り、長い一日の終わりに差し掛かった時刻の事だ。鈍った身体を目一杯動かしながら、学園内を走っていた俺は、教職員が暮らす長屋の方から普段は無い気配を感じてふと足を止めた。
気配を消して長屋に近付けば、灯りの漏れる一室。床下へと潜り込んで、俺は衝撃の事実を知る事となる。

「一年は組は今日、喜車の術を中心に天女と接触しました!」
「うん。」
「此処での暮らしに戸惑いも無いようで、既に全員名前を呼んで貰えるようになりました!」
「あの大人数のは組をか。凄いな天女様。」
「三年は学園内の案内を。」
「誰が。」
「…左門と三之助です。」
「それ案内か?まぁいいや、で?」
「道中蛸壺に落ちそうになったので助けたりした為か、頼る素振りを見せるようになりました。」
「うん。三年生は下級生では一番年長だからね。可愛がって貰うよりもその方が良いかもしれん。」
「はい!」
「じゃあ他の学年、クラスは観察だった訳だな。何か気付いたことはあるか?」
「はい!」
「じゃあ二年生。」
「天女が委員会に顔を出した時に言っていたんですけど、上級生と接触したがっているようでした。」
「ふむ。…じゃあそれに対してどう対処すべきだと考える?」
「えっと…先輩方は天女を快く思って居ないようですので、より僕らに執着させるには良い切欠なのではないでしょうか。」
「うん、それも有りだろうね。しかし彼らも上級生だ。あからさまに嫌悪を表には出さないだろうよ。」
「はい!」
「んじゃ一年い組。」
「逆に僕らが天女に執着しているのだと思わせる事が出来るのではないでしょうか。」
「ほぉ。」
「先輩方に目移りし始める天女に嫉妬をして、僕らから離れないで欲しいと訴えれば、天女も無碍には出来ない筈です。」
「おー」
「確かに」
「はいはーい。そんじゃ今日までで大分信頼関係も築けたようだし、明日からは上級生と接触させて行こうか。」
「「「「「はい!」」」」」
「上級生が必ずしも友好的な対応とは限らないからね。噛み付くくらいの気構えも持っておくこと。」
「「「「「はいっ!」」」」」
「そんじゃ本日は解散〜。」

ありがとうございました!と授業さながらの元気のいい挨拶をしてから部屋を後にする下級生達。
今し方聞いていた会話に思わずうなだれる。すると、いつの間にか隣に来ていた鉢屋が眉を下げて笑った。

「逞しいですよね。」
「……全くだ。」

会話を聞いていたらしいユキがブフッと吹き出して笑った。







将来有望な下級生。
一応食満視点でした。三郎は早々に気付いて主の周りを探ってた。主は隠すことはしないので自然とばれる下級生達の逞しさ。全て自分達がお手本になってるかと思うと切ない。