初夏の恵み

※『出会えた奇跡』同主設定。保健委員と一緒。数馬視点。



「蓬採りに行くぞー!」
「「「おーっ!!」」」

ユキさんの号令で、拳を握って手を掲げる善法寺伊作先輩をはじめとする保健委員の面々。
その様子を一歩離れた場所で眺める僕、三反田数馬は苦笑を浮かべた。食堂のおばちゃんに弟子入りしたらしい吉田ユキさん。基本的に食堂に居るらしいのだけれどカウンターに立つことはなく、五年生の先輩方とは違って自ら関わりにいかないような僕は殆ど面識がない。
だからつい先日、伊作先輩が吉田さんに引き摺られながら保健室へと戻って来た時は驚いた。また伊作先輩が怪我でもしたのかと思ったから。伊作先輩に言われて吉田さんの怪我の程度を見るとそれは酷いもので、思わず眉間に皺を寄せたのだった。

「わあ!凄い沢山生えてますね!」
「すぐ向こうは崖になっているから気をつけるんだよ。」
「すっごいスリル〜!」

辿り着いたのはうらうらうら山の一角。其処には雑草にまじって蓬が生えていて、僕ら保健委員の面々は目を輝かせた。

「あー蓬餅もいいけど天ぷらも美味しいよねぇ。いや、師匠の作ったものならなんでも美味しいけど。いや、蓬風呂にしたほうが師匠は喜ぶだろうか。」
「蓬風呂ってなんですか?」
「生の葉を煮出して風呂の湯に使うんだよ。腰痛に聞くんだ。」
「へえ!」

背負った籠に蓬を根ごと採る。茎葉だけでなく根も乾燥させて使うことが出来るそうだ。
暫く各々が黙々と、時折歌を口ずさみながら採集していたが、突然ピリッと腕に痛みが走り、小さく声を漏らした。

「痛っ」
「数馬!大丈夫かい?」
「伊作先輩。大丈夫です、少しそこの葉で切っただけですから。」
「善法寺、葉を使うといい。」
「はい。」
「え、伊作先輩。蓬を使うんですか?」
「そうだよ乱太郎。生の葉は絞って湿布すると切り傷や虫さされに効くんだ。ほら数馬、手を出して。」
「あ、はい。」

切り傷の為、水分の出た葉は少し滲みる。顔を顰めると伊作先輩が眉を下げて笑った。
そんな僕らを遠目に眺めながら、ユキさんが乱太郎と平太に向かって講義を始めた。

「猪名寺、蓬はね。土井先生にお薦めの薬草なんだよ。」
「え、土井先生にですか?」

彼女達の会話が聞こえたであろう伊作先輩に視線を向けると、眉を下げて苦笑していた。

「神経痛や胃腸の弱い人には、若い茎葉を絞って青汁を作ってあげるといい。」
「そうなんですか!」
「すっごい苦そうですよね〜。」
「あぁ。だから少し砂糖を加えるんだ。」

やってみます!とキラキラした笑顔を浮かべる乱太郎。悪気が無い、寧ろ好意なだけに土井先生を思うと切ない気持ちになる。良薬は口に苦しとはよく言ったものだ。

「それにね、蓬は火薬にもなるんだよ。」
「えっ!火薬ですか?」
「何度も醗酵させると純度の高い硝石になるんだ。」
「すっごいスリル〜!」
「花が咲くような華やかな物では無いけどさ、凄い色々なことに使える野草だろ?」

そう言って微笑むユキさんの瞳は優しくて、僕はそっと手元に貼られた蓬に視線を落とした。