※『未来に芽吹く』続編
「アナタがユキ?はじめまして、アイラよ」
「…」
その時の私の瞳はかつてないほどに冷めていて、まるでゴミくずや虫けらを見ていたようだと後にマリベルは語った。
久しぶりにフィッシュベルに戻ると、兄達も帰って来ていた。そこで、初めて出会ったのがユバール民族の踊り子、アイラだった。
私はアイラの顔を見てにっこりと笑って片手を差し出す。その時ガボがビクッとしたのは気のせいだ。
「はじめまして。ユウキ兄さんの妹のユキです、よろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
アイラもにこっと笑って握手をしてくれた。それに満足して事の成り行きを後ろで見ていたキーファを振り返った。
「キーファ」
「ん?」
「ちょっと面貸し…お話しよっかぁ?」
親指で村の隅を差してにっこりと笑った。それを見たキーファはひくりと頬をひきつらせた。
「な、なんだ、なんで怒ってんだ」
「ええ?別に怒ってないよ?」
「うううう嘘だ!可愛い顔して笑ったって怒ってるくらい分かるんだからな!」
「…私何かしてしまったかしら?」
「ううん、アイラは関係ないわよ。あれは痴話喧嘩だから」
「そっか分かったぞ!アイラの懐かしい匂いはキーファの匂いだったんだ!」
ビキッ
空気ご固まるとはこの事だろうか。ガボも自分の失言に気がついたらしくヒッと小さく悲鳴をあげて、普段は乗っている狼の後ろに隠れた。
「はあ?ガボ、どういう意味だよ」
「私と彼が似た匂いって事?」
「う、うーん、オレ難しい事は分かんねえぞ」
やっぱりガボは凄いなぁ。気持ちが落ち着いてきたので先程までの笑顔を消してうんうんと頷く。そんな私をチラリと見てメルビンさんが言った。
「確かキーファ殿はユバール民族と行動を共にしていたのでしたな」
「え?あー、数日の事ですけど」
「そうなの?じゃあユバール民族独特の匂いがあるのかもしれないわね」
「うーん、他の人達はそんな風には思わなかったぞ。アイラとキーファが似てると思ったんだ」
ウーンと悩み始める4人を後目に、マリベルが顔を真っ青にさせて呟いた。
「キ、キーファ……アンタまさか…」
流石は女の子。この手の事は飲み込みが早い。
「あ?なんだよ」
「アイラ、あなた先祖が踊り子とどっかの王子だとか、その人が残した剣だとか指輪だとか持ってるって言ってたわよね…」
「え、ええ」
「「「!!」」」
「はあ?なんだよそれ」
結論まで言わせたいの!?と叫ぶマリベル。キーファは本当に分かってないみたいで、耳に指を突っ込んで怪訝な顔をしている。
「つまり、アイラの先祖はキーファって事だよ」
皆が一斉に私に注目し、その後キーファとアイラに視線を移した。
「やっぱりそうなのね…」
「なるほど、確かに並んで見るとどことなく面影がありますな。」
「…(少し怒っている)」
「あー、だから似た匂いなんだなぁ!」
「この人が…?」
そんな中、キーファだけが私を見たまま口をパカリと開けていた。
「ハァァァァアア?!」
ちょ、うっさいわね!と怒るマリベルに苦笑。そりゃあキーファも混乱するでしょうよ。突然自分の子孫とか言われているんだから。
「え、ちょ、なに。じゃあアイラは俺とユキの子孫って事か?」
「なんでこの流れでそうなるのよ。どう考えてもアンタとライラさんの子孫でしょうが。」
「ハァァア?」
心底意味が分からないという顔をするキーファ。
「なんで俺とライラさんなんだよ」
「なんでって…何言わせる気よ!」
「ようするに、一発やったんだろって言ってんだよ」
「なっ…!?」
「ちょ、ユキズバッと言い過ぎ…」
「ユキっておとなしそうなのに随分ハッキリとしてるのね」
「…(肩を落としている)」
「一発ってどういう意味だ?」
「…まだ知らなくても良いと思いますぞ」
顔を真っ赤にして驚くキーファ。やっぱり図星か、と溜め息を吐く。分かってたけどさー。
「はぁ…、お前本気で言ってんの?」
「…」
「俺はお前だけだって言っただろ?」
眉を寄せて見つめてくるキーファ。視線に耐えられなくて口をとがらせてそっぽを向いた。だって浮気は文化らしいし。
するとキーファはもう一度溜め息を吐いてマリベル達に視線を移した。
「ジャンが出て行った後、ライラさん元気無かっただろ?」
「え?あ、うん」
「あれな、お腹に子供が居たんだってよ」
「「「!!」」」
「ジャンと結婚は出来ない、それどころかジャンは子供の存在を知らせる前にどっか行っちまってさ。そんな彼女を放っておくなんて出来なかった」
「…それは恋愛的な意味で?」
「違えよ。男として、だ。」
キーファの横顔は真剣で、目が離せなかった。
「勿論、お前等なしで俺がどこまでやれるのかが知りたくて残ったってのもあるけど、あんなボロボロの状態の彼女を放っておくなんて出来なかった。だから、向こうに居た数日の間気分転換に付き合ったりもした。」
それが恋愛に発展したんじゃ…と顔をしかめるマリベルにメルビンさんが苦笑。無理もない。私もそう思ってる。
「その様子を見てユバール族の人が勘違いしたんだろうな。けど、俺もライラさんも気持ちは一直線だった。」
キーファは私、ライラはジャン。
「俺は誓って、ライラさんに手は出してない。」
ゆっくりと振り返ったキーファ。モヤモヤしていた気持ちがストンと落ち着いた。この目は嘘を言っていない。
「…そうだったのね。じゃあ、コレは…」
「ああ、その指輪と剣は御守り代わりに残して来たんだ。俺が危険な所をユウキ達が助けてくれた時に渡された母さんの物だ。きっと、ライラさん達を守ってくれると思ったから」
私の指にはキーファが選びに選んでくれた指輪が既にはまっていて。そっと視線を向ければ光に反射してキラリと輝いた。
「ふー、なぁんだ良かった!私たちの早とちりだったみたいね!」
「良かったなぁ。安心したら腹が減ったぞ!ユウキの母ちゃんにメシ作って貰おうぜ!」
一件落着、とわいわい楽しそうに家に入っていく皆。それを眺めながらキーファが小さく溜め息を吐いた。
「ユキ」
「う……、ごめん」
「別に怒ってねーよ。ただ、少し嬉しい」
「うれ…?」
「だって、嫉妬してくれたんだろ?」
嫉妬。
ポカンと口を開けて呆然とキーファを見上げる。嫉妬…嫉妬?
言葉を理解した次の瞬間、ボフッと顔に熱が溜まった。
「くくっ、真っ赤」
「〜〜っっ」
赤く染まった顔を隠すように家へと駆け出すと、キーファは楽しそうに笑った。
希望。アイラが出てきて切ないんです。