※『ひらけーごまっ』続編。3巻直前。
「ねーねートランプしよーよー。」
ふらりと現れたユキは50数枚のカードを広げて見せながら言った。そのあまりの普段通りのユキに反応が遅れ、思わず幻覚かと目を擦った。
何故なら此処は、アズカバンなのだから。
「…は?」
「え、なに?もしかしてUNOがいいの?我が儘だなーシリウスは。でもまあ、持ってるから拗ねないでいいよ。」
「え?いや…え?」
「んじゃ配るよー。」
…
……
………
「ちょっと待てーーー!!!」
アズカバンに無実の罪で収容されてからおよそ10年。俺達を裏切り、ジェームズとエバンスが死ぬ原因となった奴を殺すまでは諦めるものかと暗い牢で過ごして10年。
「?」
「え?なんでコイツ首傾げてんだ?俺か?俺が可笑しいのか?」
北海の真ん中にある孤島に存在する魔法界の刑務所であるアズカバン。魔法使いや魔女の他、屋敷しもべ妖精などの魔法生物も収監される。
吸魂鬼が看守を務めているため、囚人は生きる喜びや幸福を吸い取られ、次第に食べる気力さえ失うようになる。その為、脱獄は不可能とされ、獄死する者も多いとされている。
けれども、俺がアイツらの被害を受けることは無かった。その理由を考えた時に思い至ったのが、ホグワーツを卒業する直前にユキに渡されたネックレスだった。不思議な色をしたそれは肌身はなさず着けており、この地獄に居る俺にとっては精神を保つための支えの1つだった。
「…で?お前どうやって此処に来たんだよ。此処はアズカバンだぞ?」
「だってそろそろ時期だからさー。」
「は?」
意味が分からず聞き返すが、ユキはそれに応えずに懐からジャラリと首輪とリードを取り出した。
「…」
「ほらワンちゃんお散歩の時間ですよー。」
「誰がワンちゃんだ!」
「パ…パー…パン?」
真剣な顔をして俺の呼び名を思い出そうとするユキ。けれどちっとも思い出せそうな気がしない。俺は据わった目でポツリと零す。
「…パッドフット 」
「おーそれだそれ。ほら行くよスナッフル。」
「パッドフットはァァァア!?」
「呼びにくい。」
小さい”ツ”を二つも入れんなよなー、とブツブツ文句を言いながら鉄格子の鍵を開けるユキ。え、鍵?なんで鍵なんか持ってんだよ?
「ほら早く変身。」
「は…」
「ひとまずホグワーツに行こう。んですぐに風呂ね。臭い。」
どストレートの言葉がざっくりと刺さるが、それよりも気になったのはホグワーツに行く、ということだ。俺が?
「脱獄の手助けでもしようってのかよ…」
脱獄。いつかはやるつもりではあったが、ユキに迷惑をかけてまでやることなのか。
「…俺は行かねえ。」
「はあ?」
「お前に、ユキに迷惑かけるわけにはいかねぇ。脱獄するなら俺一人でや…」
チラリとユキに視線を向けて、思わず言葉を飲み込む。基本的に無表情のユキが、これでもかというほど眉間に皺を寄せ、口を歪ませていたから。
「…」
「シリウスさぁ…Mに磨きが掛かってるよね。」
「なんでだよ!」
「だってそうでしょう?無実のクセにまだ此処に居たいだなんて。」
「え。」
「言っとくけど、シリウスの罪は晴れたから。私が上を脅…説得しといたから。」
「は?」
「まあ、新聞とかは脱獄で騒ぎ立てるだろうけど気にしなくていいでしょ。」
いきなりの出来事に頭がついていかない。俺の、被せられた罪が、晴れた?
「つーかさぁ、2人のことリーマスかセブから聞かなかったの?」
「へ?」
「まぁいいか。
行こう、ホグワーツへ。」
伸ばされた手を目を細めて見る。まだまだ状況は理解出来ていないし、此処から出たところでどうなるのかも分からない。けれど、ユキと一緒なら。
「…おう。」
伸ばした手は黒く汚れていて、絞り出した声は少しだけ震えていた。
シリウスはリーマスがジェムリリの事を話す間もなく連れ去られて行ってしまった。一応リーマスも精一杯頑張ったけれど魔法省は聞く耳持たず。
セブは言わずもがな。原作よりもマシだとしても毛嫌いしてるには違いないのでワザワザ話はしていない。