ぴーりかぴりらら

教師のこの人と一緒に食事するのは何回目だろうか。キッカケは廊下で空腹のために倒れていたのを発見した事である。初回のふざけた(理解できない)授業の印象はすっかりと覆され、流石は前代未聞の卒業生といったところ。僕の好きな魔法薬学だけでなく、この人とする話はどれも興味深かった。
そんな様々な話をする中で、夏期休暇がもうすぐだという話になり、あの家に帰るのが嫌だと考えていたことが顔にでたらしい事が、僕の今後を変える事となる。

「なに、スネイプくんは家に帰るの楽しみじゃないの?」
「まあ…」

お世辞にも楽しみだとは言えない。言ったとしてもこの人にはお見通しなんだろうが。

「別にね。君を夏休みの間中家に招待するくらい特に問題ないんだよ。」
「は…」

その言葉に思わず顔を上げて彼女をガン見する。よく考えなくても、教師がいち生徒を自宅に招待するなんて褒められる物ではない事がわかる。それが貴族のパーティーなら話は別だが。

「だけどさ、スネイプくんがやりたいのは家出じゃなくて自立でしょう?それなら先ずは自分で稼げるようにならなきゃ。」
「…そう、ですね。」

全くその通りなのだ。あの家に帰るのが嫌ならばあの家を出ればいい。けれども出たところで路頭に迷うのは目に見えていたし、子供の自分では出来ることは殆ど無い。
だからこそ今まで我慢をしてあの家に居たわけで、今でもあの家に帰るのだ。図星をつかれて自然と拳に力が入る。その感情さえも見越したように彼女は頬杖をついて、無表情の顔を少しだけ緩め(たように見える)、笑った(ように見えた)。

「だからさぁ、一つ提案なんだけれど。」
「?はい。」
「私の助手、やってみない?」
「は?」

助手?助手…?この人はホグワーツの体術の教師だ。その助手なんて、今まで本の虫だった自分に出来る筈もない。

「助手っていっても、体術のほうじゃなくて副業なんだけどね。」

ホグワーツの教師が副業なんてしていいのか、と疑問に思ったが、校長先生は本を執筆していた筈だからおそらく問題ないのだろう。

「吉田印の悪戯グッズって見たことある?」
「…はい。」

非常に不本意だが、ポッター達に何度か使われ事がある。内容は非常に幼稚な物が多いのだが、見た目が派手なものも多いためポッター達のような子供に人気のある商品だ。

「…ん、吉田印?」
「そー、私印。」

吉田印といえばそれ必要か?という薬から医療分野でも重宝される薬まで様々な物が売られている。また薬だけでなく、魔法のかかったアクセサリー等も売られているようで、リリーが欲しがっていたのを覚えている。

「悪戯グッズだけじゃなくて、魔法薬とかも結構出してるんだけどね。これが作るのが間に合わなくてさー。助手が欲しいなーって思ってたんだよね。」

売り始めたのはここ二、三年の話だと聞いたことがある。魔法界でも定番となりつつある吉田印の商品を作っている人物が目の前に居るなんて。

「慣れてきたら新商品とかも作っていいからさ、やらない?」

それは、一年生でマグル育ちの混血の自分には願ってもない話で。
だけれど、ソレと同時に自分にはあまりに勿体ない話でもあって。

自分の力不足と身の程を考えると、どうしてもイエスという言葉が出てこない。

「あ…」

こんなに心は喜んでいるのに、どこか冷静な部分で否定の言葉を探している。
どうして僕なんだろう。僕が、世間でいえば恵まれて居ない環境にいるから?ならば同情か、あるいは偽善か、優越感に浸るためか。

「私はさぁ」
「!」
「君だから出来ると思ってこの話を持ちかけてるんだよ。」
「え…」
「君が、セブルス・スネイプだから。」

後から考えれば、僕を助手にするというこの時の為に吉田は廊下に倒れていたのだろうし、僕がその手をとる事も確信していたんだろう。だけどあの時、あの場所で、アナタに関わったのは僕の意志だから。照らし出された新たな道。それが最良かなんて分からないけれど、この手をとるのも僕の意志。

「よろしく、お願いします。」

その道がアナタと一緒なら、どこへだって行けそうな気がした。