まはりくまはりた

あれは僕がホグワーツに入学して暫く経ったある日の事だった。

時刻は昼過ぎ。既に生徒は昼食をとるために各々大広間に集まっている時間だった。
かく言う僕も一度寮に戻ってから、少し駆け足で大広間へと向かっている最中だった。
午前中は普段の座学ではなく外に出て箒の練習だった。身体を動かす、というほどの事はしていないが、それでも座学とは違い空腹を訴えてくる。

ぐ〜…

「…」

思わず自分のお腹に手を当ててみるが、どうやら自分では無いようだ。首を傾げながら廊下を曲がると、目の前に人が倒れていて歩みを止めた。

この学校には悪戯仕掛人と呼ばれる馬鹿な集団が居る。グリフィンドールの生徒で構成されているその中には馬鹿な兄も入っていて。今の所僕に実害は無いけれど、いつ彼等が標的を僕にしてくるかは分からない。僕は彼等の嫌いなスリザリンだし、僕は兄に嫌われているから。

「…」

周りの気配を探りながらその人物に近付く。そしてふっと息を吐いて少しだけ警戒を解いた。

「…あの、大丈夫ですか。」
「…」

女性らしからぬ恰好(俯せで大の字)で廊下に倒れているその人物。髪は僕と同じ黒髪で、背丈は小柄。年齢は僕よりも二つだけ上の、この学校の教師。
ピクリとも動かない彼女に不安が募り、傍らにしゃがみこみ背中を揺すった。

「あの、大丈夫ですか?」
「う〜…」
「!」

唸った彼女に反射的に手を引けば、彼女は身体を丸めて僕を力無く見上げた。そして。

「お腹空いた…」
「…」

人気のないこの廊下に、彼女のお腹の音が鳴り響いた。



────

もごもご…ゴクンッ…もごもご

大広間に着くと既に人は疎らで、背負った彼女をスリザリンのテーブルの端に座らせて隣に座り、そのまま食事を始めた。
しかしいつまで経っても机に突っ伏したままだったので、溜め息を吐いて大皿から食べ物を取り分けたのだ。
大きな口を開けて一度に沢山の食べ物を含み、頬を膨らませて食べる様はさながら小動物。それは彼女が東洋人で、僕らよりも小柄だということも関係しているようだけれど。
隣で黙々と食べ進める彼女は僕よりも座高が小さく、二つも年上とは思えない。

「チキンもっと食べますか?パンは?」
「(もごもご)うん。」


「チェリーパイはどうですか?甘いものはお嫌いですか?」
「んんー…」

「まったく…、倒れるほどお腹を空かせるなんて。どれほど食べてなかったんですか?」
「…」

もごもごと口を忙しく動かしながら視線を天井に向ける。そしてそのまま暫く思案した後、指を一本立てた。なんだ、1日か…

「1週間」
「は?」
「7日」
「いや、言い直しても同じですから。え、何ですか?1週間?馬鹿ですか?」
「馬鹿って…。嫌だなぁ、飲まず食わずだった訳じゃないよ。最低限の栄養はとっていたもの。ちゃんとした食事が一週間ぶりってだけ。」
「結局倒れてるじゃないですか、はあ…。」
「げ…」

不意に聞こえた声に溜め息と共に伏せた顔をあげる。すると其処には一つ上のセブルス・スネイプ先輩が居て、彼は一つ溜め息を吐いて彼女の隣に座った。

「セブルス先輩こんにちは。」
「あぁ。ユキ、お前また力尽きたのか?まったく、誰かれ構わず迷惑かけるなと言っただろう。」

吉田先生は先輩の言葉に黙って頷くが、視線はずっと料理に注がれていて口もずっと動いている。また、という事から先程のように廊下で倒れているのは今回が初めてというわけでは無いようだ。

「ごくんっ…別に誰彼構わず頼んでるわけじゃないよ。」
「…ユキ。大体、身体を動かす為には食事が大事だと豪語していたのはお前だろう。」
「それは本当だよー。特に君たちのような成長期真っ只中の子供にはね。」
「…一つしか変わらないだろう。」

随分と先輩は吉田先生と親しいような口振りに首を傾げる。僕の印象として、セブルス先輩が誰かとこんな風に砕けた会話はしないと思っていたから。

「セブルス先輩…」
「?どうした。」
「えっと、あの…」
「セブセブー、こういう時は察してあげないと。」
「は?というかなんだその呼び方は。」
「レギュラスくんはあれでしょ?私達の関係が気になっちゃった感じでしょ?」
「僕達の関係?」

セブルス先輩が不思議そうな顔をして首を少し傾げる。吉田先生は黙々と口を動かしながら、無表情な顔に悪戯気な瞳を輝かせた。目は口ほどにモノを言う、とはよく言ったものだ。

「私とセブルスはー…恋人。」
「えっ!?」

普通に先輩後輩くらいの回答がくるのかと思っていたのに、斜め上の回答に僕は柄にもなく目を見開いた。セブルス先輩を見れば、彼も僕同様驚き、更には顔を赤らめていた。なので冗談だったのかと平静さを取り戻して息をひとつ吐いた。

「なっ!!お前、冗談でそういうこと言うなといつも言っているだろう!!」
「ごめんって、セブセブ怖いー。まぁ、師匠と弟子ってのが近いかな。」
「…まぁそうだな。」

少し照れた様子の見慣れないセブルス先輩。

この日、倒れた彼女を拾った事が、僕の今後を左右するだなんて。
普段より少し砕けた様子のセブルス先輩と彼女を少し離れた場所から見ていたつもりの僕にはまだまだ先の話。