不死鳥と魔女II

※『不死鳥と魔女』続編。




それはとある春島での事だ。

先日偵察から戻ってきたマルコは、いつも通り傷一つ無い状態だった。しかしいつもと様子が違ったのだ。
オヤジと隊長達が集められて話し合いが行われたのだが、どうやらマルコは奴隷商人に捕まっていたらしい。脱出出来たのは誰かのお蔭だそうだが、その誰かがどんな人物なのか、男か女かさえも全く覚えていないらしい。恩人だからと船に連れてこようとしたそうなのだが、気がついたら姿を消していたそうだ。能力者だろうか。
人物像は忘れているにしても、何か覚えていることはあるだろうと聞けば、マルコは首の後ろに手を置いて少し考えるように言った。

「あー、どんな戦い方かは忘れちまってるが、取り敢えず俺が伸したのも含めて奴ら全員縄でぐるぐる巻きにされてたよい。」
「どんなプレイ!?」

マルコ自身曖昧な記憶ですっきりしないだろうに、その様子はどこか落ち着いていて余裕が窺えた。



────

さて、俺サッチとマルコはそれはもう長い付き合いになるのだが、普段隊長同士である俺達が島に降りて行動を共にすることはあまり無い。けれど、今日は珍しく一緒に街中を歩いている。
マルコが偵察に来たこの島は、小さい島にも関わらず割と栄えており、食糧や医療品、酒屋なども豊富であった。島の中心部にある出店で食材を選び、後で船に運んでもらうように交渉する。
ふと顔をあげて振り返ると、少し離れた場所に居るマルコは怠そうに、どこかぼんやりと一点を見つめていた。そんな奴に若干の疑問を感じながら見慣れない果実に目を移し、再びマルコに視線を戻した時だった。

あれ?

「なあマルコ……なんだよソレ。」
「あ?」

マルコは眉を寄せて不可解だという顔をする。え!?

「いやいやいや、何その顔!?誰だよソレ!?」

何故マルコが平然としているのか分からない。何故ならマルコは、片腕に女の子を抱えているのだから。
え、一瞬目を離した間に何があった?

「こんにちは…?」
「あ、どうもこんにちは…ってえ?女の子だよな?どうしたんだよその子。」
「其処を歩いてたんだよい。」

うん?
いや、そりゃ歩いてても別に可笑しくないだろ。見たところ娼婦っつー感じゃねぇし。意味がよく分からないので、抱えられている女の子に視線を移す。

「あ、はい。歩いてました。そしたら何故か突然こうなってて…」
「よいよい」

いや、よいよいじゃねえよ!

「あー、取り敢えず離してあげろよ。彼女も困ってんだろ。」
「なんでだよい。」
「は?」
「コイツは俺のモンだよい。」
「は…」

その表情はいつもとなんら変わりなく、マルコの中では当たり前の出来事として処理されているらしい。
今までマルコは女に執着した所なんて見たことがない。勿論男だからそういった行為をしないという訳ではなく、寧ろコイツはモテる。白髭海賊団の隊長としても有名なコイツは羨ましい事に凄くモテるのだ。基本的には一夜限り、朝まで一緒に過ごす事なんてあんまりない。女に対しては凄くサッパリした、いや冷めた奴だ。

「あ、もしかしてこの間下見に来たときにお世話になったのか?マルコも隅に置けないねぇ。」

マルコは羨ましいことにモテるからな。

「初めまして…ですよね?」
「そうだねい。」
「初対面ンンン!?それで初対面ンンン!?」

マルコは当たり前な顔して彼女を抱きかかえているし、抱きかかえられてる彼女はやけに冷静だし。それで初対面って反応じゃないだろうお互いに!!

「いや、別に私冷静な訳じゃないですからね?寧ろ呆然としてるというか…」
「あ、そうだよな。お嬢さんが一番混乱してるはずだよな。」
「忘却魔法効いてなかったのかな…」

…ん?

「ボウキャクマホウ?」
「え?なんか聞こえました?」
「聞こえた聞こえた。え、お嬢さんマホウが使えるの?」

おまじない的な物じゃなくて?占い師ならどっかの島で見たことがあるが、それとも違うよな?魔法なんてお伽話や作り話だ。思わず真偽を確かめるようにマルコを窺うと、マルコは平然と彼女を見つめていた。

「魔法なんて知らねえが、お前は俺のだよい。」
「「え?」」
「俺は海賊だよい。欲しいもんは手に入れるし、自分のもんはそう簡単に他人にやったりしねえ。」





「お前はもう、白ヒゲ海賊団一番隊隊長不死鳥マルコのもんだよい。」





「…取り敢えず魅了系の術がかかってないか確認しますね。」
「なんでだよい。」
「マルコがこんなに執着するなんて…今夜は宴か?いや、でも先にオヤジに報告か…?」
「もしかして変なものでも食べました?」
「俺は正常だよい。ただ、アンタとはどこかで会った事がある気がするねい。」
「マルコが口説き文句を…!?」
「(実際 会ってますからね…)もしかして忘却魔法で霞がかってる私が美化されてるんじゃ…、それとも…いや…」

ブツブツと呟き始めた彼女を見て、俺も毒気を抜かれる。この様子ならば、マルコをなんらかの術に掛けたりした様子は無さそうだからだ。怪我を目の前にした船医や、新しい材木を手に入れた船大工、素晴らしい料理に出会った時の料理人のような専門家なニオイがする。そして何より、マルコがその様子さえも楽しそうに眺めているのを見て、俺もマルコがが嵌まった訳を知りたいと思ってしまった。

「お嬢さんは随分と肝が据わってるなぁ。」

関心するように零れたその言葉は、一般人の年若い女にはやはり物珍しさを感じたからで。媚びるでもなく、怯えるでもなく、ただただ俺達個人を見ている様はどこか異質で、俺の興味をそそる。

「兎に角魔法解除しますね。」

木の棒を一振りしま彼女は、抱えられたままの状態で首を傾げてマルコを見上げた。

「…」
「…」
「…思い出しました?」

少し不安気な彼女にマルコはニヤリと海賊らしい表情で笑って。

「あぁ。俺の直感も大したもんだねい。」

そう笑ったマルコで思い出されたのは、偵察後に開かれた隊長会議でのことで。

「え、じゃあこの子がマルコを助けたっていう子なのか?」
「ああそうだよい。んじゃ行くかい。」
「…あれれ?なんで私まだ抱えられたまま…そっ、其処の男前なリーゼントさァァん!!」
「おっ?俺のこと?それ俺のこと?聞いたかマルコ!男前だってよ!」
「あぁしっかり聞いたよい。早速浮気、しかも相手がサッチなんて、やってくれるねい。」
「ちょ、その拳しまってくんねえ!?」
「は、離して下さいよー不死鳥さん。もう術も解けて正常でしょう?」

何言ってんだ、と片眉をあげたマルコに俺は口元を緩める。ああホント、心配して損した。

「さっきも言っただろい。お前はもう俺のもんだよい。」

彼女は予想外だったようで口を開けて呆けている。それを見ながら再びニヤリと笑ったマルコはさっさと船へと足を進めた。それを追いながら、これだけ独占欲を露わにしたマルコはやっぱり珍しくて。思わずにやつけば、目ざとく気がついたマルコに足蹴にされたのだった。