嵐と魔女

それは、ユキちゃんがマルコに捕まってから数日が経った頃の話だ。
船はとっくの昔に彼女が居た島を出航していて、マルコが当たり前に連れ歩く(未だ困惑気味な)彼女にクルーが見慣れつつある今日この頃。それは突然訪れた。

雲一つ無い晴天。そんな天気が此処数日続いていたものだから、油断していたのだ。突然吹き荒れた突風。前方にはいつの間にか黒い雲と竜巻が迫っていて。
荒れ狂う波。大きな揺れに自身の体を支えるように足を踏ん張るが、聞こえてきたクルーの声に急いで駆け寄った。

「くそぉっ!!ロープ!ロープ持って来い!!」
「手ェ離すんじゃねーぞ!!」
「今助けてやるからなぁ!」

突然の嵐で、どうやら船から投げ出されてしまったらしい。身を乗り出すように下をのぞけば、今にも波に浚われそうなソイツ。小さく舌打ちをしつつ、周りのクルーに指示を飛ばす。
こんな嵐では能力者であるマルコを頼る訳にもいかねぇし。各々が慌ただしく船を走り回る中、彼女は何て事無い様子で現れた。

「サッチさん」
「!?ユキちゃん!?此処は危ねぇっつったろ!?」
「うーん、私も邪魔になるとは思ったんですけどね」

頬を掻きながらその場に立つ彼女は異様だった。黒いローブを羽織ってフードをしている彼女は、甲板に立っているというのに一切濡れていなかったのだ。

「なにを…」
「船の揺れのせいで、魔法薬がダメになってしまったんですよ」

その瞬間、彼女の瞳に圧倒される。覇気を使ったわけでも無いのに、その圧倒的な強さを持った捕食者の其れに自然と口元に笑みが浮かぶ。あぁ、やっぱりマルコが選んだだけあって、ただ者じゃねぇ。

それは、ほんの一瞬だった。

「”アクシオ”」
「!」
「ぅわああああっ!!?」

ドスンッという音と共に俺達の足元に引き寄せられるように飛んできた男。そいつは今さっきまで海に落ちかけていた奴に違いなかった。
まるで、時が止まったかのような錯覚を起こすような静寂が広がる。そして数秒後。

「「「「「うぉぉぉおおおお!!!」」」」」

地響きが起こってるんじゃないか、というくらいの歓声が上がる。
何が起こったかは今は問題じゃあ無かった。ただ助かった、助けられたという気持ちの者が大半で。

「ありがとな!!」
「流石マルコさんの女だぜ!」
「どうなったんか分からなかったが、取り敢えずありがとな!!」

クルー達が野太い声で歓声をあげ、お礼を言いながらまた走り去っていく。そんな中、ユキちゃんは杖を構えて上空を見つめていた。いつの間にか嵐は幾分か収まり、前方には光が見えていた。

「嵐を抜けるぞーーー!!」

そう言ったのは誰だったか。
嵐を抜け、雨が上がる。ポタリポタリと髪から滴る水も忘れて、日に当たるユキちゃんをただジッと見ていた。

「あら、サッチさんって結構男前なんですね」

朝の挨拶と同じようなテンションで話すユキちゃんに、思わずぶはっと息を吐き出した。

「くくくっ、だろ?水も滴るいい男ってな!」

そんな俺に杖を一振りすると、いつの間にか服も髪も乾いていて。

「ええ。でも風邪を引いては本末転倒ですから」

貼り付けたような笑みに俺は何をやってたんだと笑う。そりゃ、家族にならねえよな。秘密を抱えてる奴は多々居るが、その存在を認めてやらねえと始まらねえ。些細なことだけど、先ずは此処から始めてもいいだろうか。

「ありがとな…ユキ」

女を呼び捨てにするなんて今まで無かったから変に緊張しちまった。だけど俺達は家族になるのだから。兄が妹に敬称なんて付けてんのは可笑しいだろ?

「!…うん」

後でマルコに蹴られる俺にはそれが正解だったのかは分からないが、これが彼女なりの小さな一歩となればいいと思う。

あれ、…マルコのモノってことは姉になるのか?