火拳と魔女

※『不死鳥と魔女』と同設定。



「なあ、最近エースの奴調子でも悪いのかな…。」
「あ?なんだよい突然。」

食堂に珈琲を取りに来たマルコを捕まえて手元に残る肉を見つめて言う。するとマルコは眉間に皺を寄せながらも近場の椅子に座った。どうやら話を聞いてくれるらしい。

「いやよぉ、アイツって腹減ると厨房に飯をねだりに来るだろ?」
「あぁ、最初は食糧庫のほうが酷かったけどねい。」
「そうそう!明らかに量が減ってんだよなぁ。あんな腹膨らませておいて自分じゃないとかよく誤魔化せると思ったよなぁエースも!…ってそうじゃなくて!」

脱線しかけた話を慌てて戻す。あ、因みに今でもエースは食糧庫に忍び込みやがる。

「腹減ると肉とか取りに来るには来るんだけどよぉ、量がすげえ少ねえんだよ。」
「あぁ…それなら心当たりがあるねい。」
「えっ!マジで!?」

あぁ、と一言言ってからマルコは背を向けて食堂を出て行こうとする。それを慌てて追えば、方向から察するに外に向かっているようだった。
甲板に出れば春の海域なのかそれほどきつくない穏やかな日差しにそっと目を細める。マルコはそれを気にした様子も無く、キョロリと辺りを見渡した。

「おいマルコ…」
「居たよい。」
「え?」

マルコが見上げた先には草やら何かの尻尾やら様々なモノを天日干しのために並べてるユキが居た。いや、お前と違ってユキを探してた訳じゃないんだけど。
言葉を選びながらあーと唸っていると、背後からドタドタと走ってくる音が聞こえて扉の前から体を避けた。バタンッッと大きな音をさせて走り込んできた奴は先程話題にしていたエースで、マルコはちゃんと聞いてたんだなと内心で頷く。ユキの事ばかり考えてる訳じゃないようだ。
エースは俺らの事は気にもしないでマルコと同じように辺りを見渡し、ピタリとユキで視線を止めた。

「あーーーっ!ようやく見つけたぞユキっっ!!」
「……また来たんですかエース隊長。」
「今日はコレ!コレを頼む!!」

ユキの呆れ顔をものともせず、にかりと笑うと先程俺が渡した骨付き肉をユキに差し出した。
それを見たユキは溜め息を吐いて腰から杖を引き抜いた。

「何する気だ?」
「見てれば分かるよい。」

ユキが杖を一振りし、どうぞと一言言うとエースは興奮気味に叫んだ。

「さ、触っていいか!?」
「はあ、どうぞ。」

恐る恐る、エースが骨付き肉をチョンと触ると、肉がポコンッと二つになった。

…ん?

エースが更に触ると肉がポコンッと三つになった。それからは素早く、二倍二倍と増えていき、あっという間に大皿(あの皿いつの間に…)に肉が山盛りになっていた。ユキが杖をもう一度一振りするとその謎の増殖が収まる。

「うおぉぉぉっ!何度見てもすっげぇぇぇえ!!!喰っていい!?」
「はあ、どうぞ。」
「ありがとな!!」

「え、ちょ…今の何!?マルコ今の何!?」
「双子の呪文…だったかねい。この間ユキと食堂で呑んでた時にエースが乱入してきたんだよい。」

マルコの話はこうだ。ユキと二人呑んでると、そこに小腹を空かせたエースがやってきた。その日のつまみはユキが買ってきてくれたチーズやらクラッカーやらもあったらしく、エースがそれらを鷲掴みにして喰ったそうだ。しかもそれらが何年モノのその島でしか採れないハーブ入りのモノだったものや、ユキの手作りだっりしたものだから、マルコは覇気を込めた拳でエースに拳骨を落とした。それを眺めながらユキが、そんなに気に入ったんですか?ならもう少し増やしましょうか。なんて言いながら杖を一振りしてチーズが増殖させるものだから、エースは虜にされてしまったそうだ。触れると双子に分かれる、増える魔法らしい。呪文を止めるまで増殖し続けるらしく、キリを見てユキが止めるそうだが。

「ったく、部屋まで平気で突撃してきやがるからよい。」
「とか言ってエースとユキが二人きりで会うのも嫌なクセに。」
「当然だねい。」

ククッと笑うマルコだが、その目は真剣で俺も苦笑する。オヤジ以外の誰かにこれだけ執着するマルコを、付き合いの長い俺でも見たことがなかった。だからそんなマルコを見て戸惑いつつも内心喜んでるのが大半で。

「そんなに見張ってなくても、誰もとらねえって。」
「…」
「なんだかんだ、ユキだってマルコの側に居るのは嫌そうな感じじゃねぇし。」

マルコのその重い思いも適度に流しつつ受け止める事の出来るユキ。だからこそただ受け止める女よりも似合いだと思う。ただ受け止めるっつー事は全てを許容し、甘やかすと同意だ。
辛い思いとかを分かったフリして一緒に涙を流すなんていう女は、マルコには似合わない。アイツもいい歳の大人の男だ。飲み込む事が当たり前になってるのだから無理に吐露する必要はねぇと思う。隊長という立場で、その上長男という立場のマルコは俺達以上にその傾向は強いんじゃないだろうか。
だから、ただその飲み込むまでの僅かな時間、側に居てくれるような存在が相応しいと思う。慰める訳でもなく、ただ側に居てくれる存在が。その存在が、マルコが求めて止まないユキならいい。

「…お前らはそうかもしれねェよい。ユキだって、そうかもしれねぇ。」
「なら…」
「だけど、なんか不安なんだよい。」



「ユキが、手の届かねぇ場所に行っちまうんじゃねェかって。」

ユキがどこから来たとか、俺は殆ど知らない。時折感じる違和感。悪魔の実では無い並外れた能力。まるで。

俺達の全く知らない、手の届かない所から来たような────…

「だからよい。なるべく目の届く場所に居たいし、居て欲しいんだよい。」

マルコの声で、はっと意識が浮上する。マルコを見れば目が笑っていなくて。
話は終わりとばかりに頭をガシガシと掻いてから、溜め息をひとつ吐いてユキに向かって歩いていくマルコの後ろ姿を見つめる。

「逃がす気はねぇって事か。」

例えそれが雲の上だろうと海の底だろうと…異なる世界だろうと。
それが凄く海賊らしくて、思わず吹き出して笑った。






エースと見せかけてサッチ。だけどマルコ夢。どうもサッチ視点が書きやすいので今まで殆どサッチ(笑)そしてその他隊長が全く出てこないという罠。
因みにユキの使った魔法は”双子の呪い”です。触ると分裂する魔法。