木の下で

アカデミーにはとある伝説がある。裏庭の一本杉の下で告白をして成功すると、一生一緒にいられる。そんな馬鹿みたいな伝説は女子の間で流れていて、かくいう俺も何度もこの杉の下に呼び出された口だった。

今日はアカデミーの卒業式。何度も呼び出されたこの場所に、今度は俺が呼び出した。
やっぱり卒業式ともなるとこの場所は告白する人達で溢れるのが定番。クラスのお節介な奴が、この場所で他人と鉢合わせにならないように作った予約票に予約して。女子からの呼び出しを全て断って、ただひたすらに待ち続ける。
名前も書かず、ただ一言場所と時間を書いた手紙を、彼女のロッカーに忍ばせた俺は木の上に身を隠して待ち続けていた。

約束の時間5分前に現れた少女はまさしく俺が待っていた子で。柄にもなく胸が高鳴った。
わざと枝を揺らして葉を落とす。彼女が弾けたように上を見上げ、俺と目があった。

「ネジくん…?」
「、俺のこと、知っているのか…?」
「え?あ、…うん。」

正直いって俺と彼女、吉田ユキは一度も話した事がないと言っても過言ではない。なので、彼女が俺のことを知っているというだけで嬉しくて口元が緩んだ。
すると彼女は突然、俺の所まで登ってきたため、肩が跳ねる。太めの枝に一緒に乗っているので、思った以上に距離が近い。

「ネジくんも…待ち合わせだよね?わ、私も此処にいていい?此処って告白スポットだから、下に立ってるの恥ずかしくて…。」
「あ、…あぁ。」

ドキンドキンと心臓が高鳴り、周りの音が聞こえない。それなのに彼女の声だけはきちんと耳に届いて、顔に熱が溜まる。

「ネ、ネジくんは誰を待っているの?女の子の告白とか呼び出し…全部断ってたから、本命が居るって噂だったんだよ?」

なんでその事を知っているんだ…?話した事もない俺の事なんか…。自惚れてもいいのだろうか、少しでも俺に興味を持ってくれているって。

「あ、あの、ゴメンね!出過ぎた真似して…。でも、あの、私を含めた女の子皆、あの、えと…」
「?」
「お、応援してるから!!」
「??」

ど、どういうことだ?応援?
彼女は俺が書い手紙を取り出して、目を細めた。

「私もね、今日呼び出されてるんだ。こんな私を好きになって貰えて嬉しいんだけど…。それでもまだ、ネジくんの事好きだから…、」
「え。」
「ゴメンなさい!あの、ちゃんと諦めるから心配しないで…?えっと、何が言いたいかって言うと、す、好きにならせてくれてありがとう!出会ってくれて、ありがとう。私、私…、ネジくんを好きになれてよかっ…ひゃっっ!?」

我慢出来なくて、ユキを抱き締める。これは、…自惚れてもいいだろ?

「ど、どうしたのネジく「好きだ。」…え…。」
「好きだ。ユキが好きだ…。だから諦めるなんて言うな。」
「え?あの…、え?」
「その手紙、俺が出したんだ。」
「え?あの、渡す人間違えちゃったってこと、?」
「違う。俺が、お前に…、ユキに出したんだ。」
「……へ、」
「ずっと、ずっと好きだった。…俺と付き合ってくれないか…?」
「へ?あの、だって…。」

俺の腕の中で真っ赤になっているユキ。凄く可愛い。オロオロしながら目に涙を溜めて、上目遣いで俺を見てくる。俺も自然と顔が熱くなって、心音がユキに聞こえてるんじゃないかと思うくらいに煩い。

「私…、ネジくんにフられたんじゃ…」
「は?」
「だ、だって、友達に付いてきて貰って手紙渡しに行った時、誰からの手紙も受け取らないって…。」
「…それって何時の話だ?」
「えっと、先週の…木曜日のお昼だったかな。」
「……スマン、それは恐らく同じクラスの奴だ。俺がいない間になんてことを…。ニヤニヤしてたかと思ったらそういう事か…。」

告白しようと決めたときから、呼び出しの手紙には直接行って断り、手紙を渡してくる女子にはその場で断りをいれていた。それを見ていたクラスの奴が面白がって変化してやったんだろう。よりにもよってユキの時に…。体を離して頭を抱える。

「なんて言ったら俺が日向ネジだって信じて貰える…?」
「え?」
「…7月3日生まれのO型、」
「へ?」
「好きな食べ物はにしんそば、嫌いな食べ物は…かぼちゃ。」
「あ、そうなの?…じゃなくて!」
「?なんだ?」
「ほ、本当なんだよね?さっきの…。」

俺を見上げるユキの目は未だに不安げで。俺は彼女を抱き上げて、木の下に飛び降りた。その時ユキは咄嗟に俺にしがみついて来て、愛しく思う。

「なあ、この木の伝説…知っているか?」
「え?あ、うん。」
「俺は正直言って伝説なんて信じていない。」

ゆっくりとユキを地面に下ろす。少し空いた距離がもどかしい。

「俺と一緒に、伝説の信憑性を確かめてみないか?」
「??」
「あー、その、つまりだ。」


「ユキが好きだ。…俺と、付き合ってくれないか?」

再び真っ赤に染まった顔をした彼女は、

「…はい。」

最高の笑顔で応えてくれた。



(それにしても変化に騙されるなんて…)
(これからは全身に俺を教え込んでやるから覚悟しろ。)
(えぇぇ!?)