珈琲の香りと甘いケーキ

日曜日。大抵昼前くらいから混み始めるのに、開店直後から地味に続く客の波。じいちゃんが今日は朝から用事あるらしく店は一人だった。お陰でサンドイッチとかは準備出来ても、ケーキの類の飾り付けが全く手付かずだ。
10時からバイトに入っていた吉田さんが来る時間は丁度混む時間で。吉田さんにホールを任せてせめてケーキを完成させようと思っていた時だった。

「これ、完成させちゃっていいですか?」

何気なく放たれたその言葉に思わず肯定の返事をすると、彼女は普段接客で見せている笑顔を一変させて真剣な顔をした。丁寧に、しかし素早くナイフを入れられるスポンジ。生クリームの配分を聞かれて思わず答えると、さっさとボールと生クリーム、グラニュー糖を準備、計量していく。そして素早く泡立てられ、完成する生クリーム。

「硬さ、このくらい?」
「あ、あぁ。」

さっさと生クリームを切ったスポンジに塗り、苺を切って乗せる。教えた事はないのに、数回仕事の合間に見ただけで覚えているのか、と感心するほどだ。パレットナイフの使い方も慣れてんな。数回撫でただけで綺麗な面が出来上がる。

「…上手いな。」
「そりゃあ本職だからね。」
「本職?」

どういう意味だ?というかそのクリームの絞り方俺スゲェ苦労して覚えたのに。スピードも早いし、綺麗で的確だ。

「そ。専門出てから三年間日本のわりと有名なパティスリーで働いて、その後二年だけパリへ…」
「は?」
「…行く予定?みたいな?」
「なんだそれ。」

訳わかんねー、と言っている間に出来上がったショートケーキ。吉田さんに促されてショーケースに並べると何時もより客の反応が良い。…自信無くなってきた。

「ほ、ほら佐伯くん交代!私パスタとかは作れないよ。」
「そ、そうだよな。よし。」
「流石佐伯くん!何でも出来て格好良いなー!」

そんな棒読みで言うなよな。何かを誤魔化すように引きつった笑いを残して吉田さんはホールへと出て行った。




────
今年の3月に越してきたばかりだと言う彼女は、俺と同じクラスの女だ。学校で出会うより前、客の少ない時間にこの喫茶『珊瑚礁』にやって来た彼女は、珊瑚礁ブレンドを一口飲んでからじいちゃんにポツリとこう言った。

「やっぱり、思い切って来て良かったです。」
「それは嬉しい事を言ってくれますね。」
「突然こっちに来て混乱したし悩んでいたけれど、来てみたいって思っていた場所だから。」

やっぱり、来て良かった。そう言う彼女は笑っているのに泣きそうで、凄く印象に残ったんだ。あれから数ヶ月。年上だと思っていた彼女はクラスメートで。じいちゃんがバイトに誘って、俺が突っぱねながらも許可して。海野とは違う位置から俺を支えてくれる彼女をいつの間にか目で追い掛けていて。



「佐伯くーん、手が止まってるよー。」
「!…分かってる。」

休みの度に電話でバンバン誘ってくる海野とは違って、吉田さんは多分俺から動かないとずっとこのままだ。それは自惚れとか脈が有る無いの話じゃなくて、確信。吉田さんは何処かで一線を引いているんだ。
それを越えたいと思ってしまったこの思いが友愛なのか恋愛なのかはまだ分からない。敢えて名付けるとするならば興味。もっと、吉田さんの事を知りたくなってしまったんだ。

「ふー、お疲れ。」
「お疲れ様ー。」
「今客居ないし、先食ってていいぞ。」
「ほんと?やった。」
「あぁ。但し、さっきの事詳しく教えて貰うからな。」
「げ、無理無理。」
「…じゃあせめてコツを教えろ。」
「えぇ?そんなの簡単だよ。練習あるのみ!…っいたっ!」
「んなこと分かってるよ。」
「チョップは無いよチョップは。痛いなぁ。」
「ざまぁみろ。」
「ヒドッ!」

詳しい事を聞こうとするとあの時と似た表情をするもんだから、なんとなく聞けなくて。このくだらないやり取りさえも出来なくなってしまうんじゃないかっていう予感。臆病な俺は知りたいと思っていてもなかなか前に進めない。けれどそうだな、まずは名前から。変えてみてもいいだろうか。

「”吉田さん”って長いしキャラじゃない。ユキって呼んでもいいか?」






パティシエールのトリップ主。ガッツリ留学までしている強者。ある日突然此処に来て、羽学に入学が決まっていた。

なんか瑛くんの口調が乱暴な気が。もう一度やるかな…。年上だと思っていたからさん付け。直す機会がなかった。
ゲームのヒロインは海野あかりで固定。あかりちゃんは瑛くん狙いでバンバン誘ってる。事故チューだって佐伯くん。服だってキュート。会話の応対も好印象。