花にはトゲ

あれはまだ俺達が新選組という隊名を会津藩から貰う前だっただろうか。
剣術の稽古を平助と外でやっていたときの事だ。

「すいませーん。」
「あ?」
「誰か来たみてーだな。どれ。」
「あ、待ってよ左之さん。俺も行く。」
「綺麗な声だったもんな。どんな別嬪さんか気になるってか?平助も男だな。」
「ちっ、ちっげーよ!!左之さんだけだと女の子がビビるんじゃねーかなって思ってさ。」
「ほー?まぁそういう事にしといてやるよ。」

声に導かれて門まで行くと、そこには一人の娘が中を覗き込むようにして立っていた。

「あ、すいません。」
「何か用か?」
「あれ、饂飩屋の子だよな?ユキちゃんだったか?」
「はい。原田さんですよね?御贔屓にどうも。」

彼女は此処から近くにある饂飩屋で働いている娘で、最近京の街に出稼ぎに来たと言っていたのを思いだした。気立ての良い娘で、京の女とは違った気さくな雰囲気が人気だ。

「で?何か用なんだよな、どうした?」
「あ、はい。手拭いが飛ばされてしまったものですから、捕らせていただけないかなぁと思いまして。」
「なんだそんな事か。いいよな左之さん。」
「おー。何処に行ったか分かるか?」
「良かったー、ありがとう御座います。丁度今引っかかってるみたいで。」

そう言ってユキちゃんが指を指した場所は屋根の上だった。

「あー、梯子何処にあったっけ…」
「お邪魔しまーす。」

呑気な声を響かせたユキちゃんが少し助走をつけて地面を踏み切ったと思った次の瞬間、彼女は屋根の上にいた。そして手拭いを手にしてそのまま屋根から飛び降りた。俺と平助は突然過ぎて対処が出来ずに呆然とその光景を見ていた。
手拭いを折り畳みながら何事も無かったように歩いてくる彼女を見て漸く頭が働き始める。

「じゃあ、ありがとう御座いました。」
「「待て待て待て!」」

首を傾げながら少し不満そうに、なんですか?と尋ねてくる。え?いや、え?

「え?何、今何が起きた!?」
「なんか飛び上がったと思ったら屋根にいたんだけど!」
「ただジャンプしただけですけど。」
「じゃんぷ?」
「あー…、あー。ただ跳んだだけです。」

跳んだだけって…

「んなわけねーだろー!だって屋根の上だぞ!?」
「はあ。」
「そ、そうだぜ。流石に俺でも無理だぜ。」
「はあ。」

「…何騒いでやがる。」
「土方さん。」
「なんか楽しそうな事してるねー。」
「総司…。」

俺達の騒ぎを聞きつけたらしく、土方さんに総司、斉藤までゾロゾロとやってきた。因みに新八は今巡察中でいない。

「こいつがどうかしたのか。」
「あれ?ユキちゃんだ。」
「…総司、知り合いか?」
「まあね。というか、一君も知ってると思うけど。」

饂飩屋の…というと斉藤も合点したのか数度頷いてユキちゃんに視線を移した。土方さんはだからどうしたと先を促すように目を細めた。

「ただ飛ばされた手拭いを捕らせていただいただけですよ。あの、私そろそろお店に戻らないと。」
「いやいやいや、あれはただ捕っただけとは言わねえよ!」
「はあ。」

困ったなーと首の後ろに手を当てているユキちゃん。

「じゃあ、俺が彼女を送って行きますよ。で、仕事が終わってからもう一度連れてこればいいんじゃないですか?」
「あ、あぁ、そうだな。」

俺達もまだ頭が混乱しているし、説明するのに時間がかかりそうだ。実際、彼女が何か悪事を働いた訳ではない。彼女を引き止めているのは完全な俺達の我が儘だ。

「それじゃあ行こうか。」
「はあ。また来るんですか?…めんどっ!」
「前から思っていたけど君は時々変な言葉を使うよね。」
「時代の最先端を走っていますからね。」
「ふーん?」

仲良さげに話しながら去っていく二人を微妙な顔をしながら俺と平助は眺めていた。

「…で?」



────
(いや…なあ?)
(うん…)





このあと二人は洗いざらい吐かされ、さらにその後ユキは追求される。
ユキは江戸時代にトリップしてしまった転生主。相変わらず忍者。饂飩屋で働く10代後半。この時代では行き遅れの年増とかないわー。
この後密偵として働き、山崎くんに尊敬されればいい。