君に決めた

放課後になって間もない時間、ノックの後開いた扉から一人の女子生徒が顔を出した。あれ?あの子は…。

「こんにちはー。」
「いらっしゃいませ。おや?初めての御来店ですね。ようこそ、桜蘭ホスト部へお姫さま。」
「あれ?吉田嬢だ。」
「本当だ。どうしたの?吉田嬢ってこういう所興味無いんだと思ってたんだけど。」

そう。彼女は同じクラスの吉田ユキさんだ。自分はあまり話した事はないけれど、わりとサバサバした性格なのか、男女問わず話しているのを見かける。

「ちょっと光、馨。失礼だよ。取り敢えず中へどうぞ。紅茶はお好きですか?」
「あ、私はお客さんじゃなくて…」
「あー!ユキちゃんだ!」
「こんにちは光邦先輩、崇先輩。」
「…ああ。」
「あの、鏡夜先輩居ますか?脅され…呼び出されて。」
「「今脅されてって言った?」」
「何やってんだあの人は…」
「何、とは失礼だな。俺は部の為を思って彼女に来て貰ったというのに。」

部屋の奥から優雅に歩いてきたのは彼女を呼び出したらしい鏡夜先輩。

「はぁ…。で、何の用ですか?私この後バイトなんですよ。」
「バイト!?バイトとはアルバイトの事か!?」
「「あの庶民が時給制で働くヤツ!?」」
「はあ?何言ってるんですか?」
「バイトなんてしてる人桜蘭にいるんですね…」
「え?はあ、まあ桜蘭といえどピンキリですからね。」
「はは、よく言う。製菓学校や有名パティスリーの殆どの経営等は全て君の会社だろうに。」
「はあ、まあ私には関係無いんですがね。で?何のご用で?」
「あぁ、お前にうってつけのアルバイトを用意してやったぞ。」
「……因みに何のお仕事で?」
「なに、そう難しい物ではない。この部の専属パティシエになってくれれば良いだけだ。」
「…はあ?」
「せ、専属…」
「「パティシエェェェエ!?」」
「な、なななな、なんだその話は!?初めて聞いたぞ鏡夜!」
「初めて言ったからな。この部の経費の殆どは衣装代と食費なんだ。」
「あー、ハニー先輩のケーキですね。」
「えへっ」
「…そこで気が付いたんだ。パティスリーから取り寄せるよりも原材料を仕入れて作ったほうが安く済むのではないか、とな。」

まあ確かにハニー先輩のお菓子の量は尋常じゃない。買うよりも作ったほうが安いんだろうけど…

「でもさー、肝心の腕はどうなの?」
「そうそう!お客さんにも出すんだからさ、半端なモノじゃ駄目じゃない?」
「ふ、その点は心配無用だ。彼女は幼い頃から製菓学校で技術を学び、年若いために出場出来なかったコンクールで既に次期優勝候補と噂される実力者だ。」
「この前のゼリーもねぇ、ユキちゃんの手作りなんだよー?」
「え、あの林檎の?」

果肉をふんだんに使い、クラッシュゼリーなどの食感の違いを生かした、澄んだ色をした綺麗なゼリーだった。口触りが凄く良くて、普段あまり食べない鏡夜先輩も完食していたっけ。

「嘘だぁ。だって僕らアレ食べたことあるもん。」
「そうそう、もっと小さい時だったけどさ。祖母が買ってきてくれたんだ。」
「俺もある。まだ日本に来て間もない頃に使用人の人達が興奮しながら説明してくれたんだ。数量限定で滅多に買えない限定品と言っていたぞ?」
「だからぁ、アレの発案者がユキちゃんなんだってば!」

「「「…」」」
「凄いですね。」
「はあ、いえ。まだ小学生になったばかりの頃に作ったものなので…。お恥ずかしい。」
「そんな事ないよ、スッゴく美味しかったよ!ね、崇!」
「あぁ。」
「ありがとうございます。あ、バイトの時間なので帰ります。」
「ちょっと待て。まだ返事を聞いてないぞ?」

YESorハイだ。そう鏡夜先輩の顔が笑顔で言っている。

「はあ、お断りします。私も無理言って皿洗いのバイトやらせて貰ってるんです。現場に出てみないと分からないことが沢山あるので。」

では。そう言ってぺこりと頭を下げ、彼女は出て行ってしまった。す、すごい。鏡夜先輩の絶対王政を断った。呆気にとられていると、鏡夜先輩が携帯を取り出して何処かに電話をし始めた。

「俺だ。あぁ。ユキ嬢を送って差し上げろ。あぁ。」

ピッ

「き、鏡夜先輩?」
「やはり駄目だったな。」
「分かっていたんですか?」
「ん?まあな。今回は断られると思っていた。まあ顔合わせみたいなものだ。」
「はあ。」
「あの三人を見てみろ。」
「え?」

ウキウキと興奮気味に円陣を組んでいる環先輩と光、馨の三人を見る自分の目は据わっていると思う。

「アイツ等をかわすなんて不可能だと思わないか?」
「…」
「良かったなハルヒ。ユキはお前並の庶民感覚を持った奴だ。話が合うだろう。」
「はあ…」

そう遠くない未来、このホスト部に入ることになるだろう彼女を不憫に思いながらも、少しだけ期待している自分がいて。明日光と馨が話し掛けるよりも先に、挨拶してみようと思った。




光派だったんですけど他サイト様の夢を読んでいて、馨と鏡夜にやられました。やっぱり相手が決まってないってのは大きいですね。
パティシエ見習いのご令嬢。家はお金持ちでも庶民。スーパーもコンビニもよく行く。ハニー先輩はケーキをよく買ってくれるので知り合う。モリ先輩はハニー先輩繋がり。鏡夜先輩もハニー先輩繋がりかな。ゼリーの件で目をつける、みたいな。