不意打ち

※『君に決めた』と同主設定


学食のカウンターには先程まで双子と探していた人物が。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「…何やってんのユキ。」
「あれ、ハルヒ。珍しいね?」
「うん、自分はお弁当なんだけど光と馨に連れて来られて。ユキの事探してたんだよ?」
「え、ゴメン。人が急に来れなくなっちゃったみたいでヘルプ頼まれたんだ。」
「そっか、じゃあしょうがないね。」

彼女の話から推測するに、こんな事は珍しい事ではないようだ。昼前に居なくなる事があるのはこういった理由があったのか。
ユキは結局アルバイトを辞めること無く続けている。けれど、週に1日だけ部室に顔を出すようになった。その曜日に彼女は自由に創作した洋菓子を用意してくれて、それはお客様にとても喜ばれている。その日はいつもよりも忙しく、ホスト部ではなくカフェと化すようになった。そのおかげで鏡夜先輩も最近はとても機嫌が良いのだ。

「あっユキ!?」
「本当だ、なんでこんな所に居るんだよ!ずっと捜してたんだぞ!?」
「はあ、すいません。ご注文をどうぞ。」
「あ、じゃあ僕はAセット。」
「僕はBセットね…ってそうじゃなくて!」
「畏まりました、直ぐにご用意致します。」
「「無視か。」」

ぺこりと頭を下げて厨房に早足で行く彼女を観察していると、馴れた手つきで料理の一つを担当していた。

「え、ユキが作るの?」
「んー、簡単なヤツだけだけどね。」

そう言って出された料理を見るとどう見ても簡単なものでは無さそうだ。料理の名前とかよく分からないけれど、普段の生活ではお目にかかる事の無い料理である事は確かだ。
お菓子だけじゃなくて料理も出来るなんて凄いなぁ。



───
 馨Side

「ユキって器用だね。」
「ありがとう常陸院くん。」

吉田嬢を名前で呼ぶようになって数週間。ハルヒ以外の女子を名前で呼んだことなんて無いんだけど、呼ぶようになった理由は簡単な事だ。
初めは物珍しさから。ハニー先輩やモリ先輩、さらには鏡夜先輩まで名前で呼び合う仲の彼女。それから話を聞いて興味を持って、話してみてもう少し知りたくなった。
初めて名前で呼んだとき、ユキの驚いた顔に満足したけれどいつまで経っても彼女は俺たちを名字で呼ぶ。初めは区別がつかないからだと思っていたけれど、そうじゃない。彼女の中で、僕らの存在はまだまだ薄いんだと気付かされた。だから沢山話しかけたし、なるべく一緒にいようとした。選択制の授業も同じものは一緒に受けて、御飯も誘った。

「その常陸院くんていい加減やめない?どっちの事か分からないし。同い年なんだしさ。」
「はあ、すいません。」
「敬語も禁止!ハルヒに話すみたいにしてよね。」
「はあ。」

極度の飽き性の僕らが飽きずに続けたこれらの行為だが、彼女にはまだ届いていないんだろうか。友達作るのって難しいんだな。
厨房から料理が出てくるとそれをお盆にのせて差し出してきた。

「じゃあ光くんがBセットで、馨くんがAセットね?お待たせ致しました。」
「「!」」
「邪魔してゴメン、頑張ってね。」
「ありがと。あ、ハルヒ。」
「ん、なぁに?」
「コレ。まだ試作段階なんだけどお裾分け。良かったら感想頂戴?」
「わ、ありがとう。」

ちょ、ハルヒだけズルい!と内心思いながらも言葉には出せなかった。だって名前、呼んでくれたんだ。心臓が何時もより煩くて胸が苦しい。なんだよコレ。

「…名前、」
「うん。」
「間違えなかったな…。」
「…うん。」

ちゃんと、どっちが光でどっちが馨か分かってるんだ。光の顔を見ると拗ねた顔をしているけれど、心なしか頬が赤くなっていた。そうだよ、不意打ちだから。だからこんなに心臓が煩いんだ。

席に着こうと方向転換をした所で、僕だけ呼び止められる。振り返るとユキはまっすぐ僕を見ていて、やっぱり僕を馨って分かってるんだと確信する。こんな子ハルヒ以外は初めてで。馴れてないから顔が熱いんだと言い聞かす。

「なに?」
「二人にもお裾分け。」

コトンと盆にのせられたのはハルヒと同じ物で。ユキの顔を見ると、優しく微笑んでいた。

「感想宜しく。」

そう言って背を向けた彼女に再び心拍数が上がる。

胸が苦しいのだって馴れてないからだ。
まだまだ名前を付けるには未熟な心にそう言い聞かせた。