悲劇の片隅で

※『出会えた奇跡』と同主設定。天女編。




ピロリーン ●録画中…

「ぶっ、くくく」
「…」
「ふ、ひぃひぃ」
「……なぁ」
「ぷふーっ」

今私、鉢屋三郎とユキは厨房からそっと食堂の中の様子を窺っている。そこには六年生と一人の女がいる。ユキは、あの女の所持品のカラクリをニヤニヤしながら操作していた。
なんでも、俺に変装してあの女に近付き、詳しく使い方を教わったのだとか。今は”動画もーど”で撮影しているらしい。

「もしかして私の時もそのカラクリでそうやっていたのか?」
「え?うん、当たり前じゃん。」
「…」

あの女、というのはほんの数日前に空から降ってきた天女の事だ。未来から来たというあの女に、俺達上級生は一瞬にして心を奪われた。造られたような美しい顔、甘ったるい匂い、可愛らしい声、潤んだ瞳。その全てに夢中になり、その全てが欲しくて堪らなくなった。
授業も鍛錬も委員会さえもどうでもよくて、少しでも多くの時間をあの女と過ごしたくて仕方がなかった。蔑ろにした為に傷つけてしまった下級生。不安げな表情で委員会に来て下さいと言った後輩に、お前等なら大丈夫だと責任を丸投げにしてあの女の姿を探した。

そんな狂った状態の私を救ってくれたのは、ユキだった。

「うはっ、あの潮江の気持ち悪い顔!」

反射とは恐ろしいもので、心を操られていても身体が反応する。そしてふと我に返ったのだ。私の狂っていた時の姿もそのカラクリに残っているらしく、のたうち回るほど恥ずかしい失態。

「…そろそろいいか。鉢屋、準備はいいか。」
「あ、あぁ…」

ふっと笑顔を消したユキに背筋が凍る。やはり彼女は怒っているのだ。この学園の惨状に。下級生の涙に。

「ふ…ふはははは!…師匠の料理を蔑ろにするなど無礼にもほどがあるわぁぁああ!!くっさい臭いで料理の芳しい香りが消えてしまったではないかぁぁあ!!」

違った。食堂のおばちゃんの寂しそうな顔に、味わう事もされない料理にだった。口元が引きつるが、私も昨日までは彼らと同じだったので滅多なことは言えない。
取り敢えずユキが自分で作ったという真っ赤な色をした饂飩(南の島で採れるという島唐辛子をふんだんに使っているそうだ)を持ち、まだ料理に手を出していない先輩の物と素早く入れ替える。目の前の出来事にさえも気付く事が出来ないなんて、と学園の行く末を不安に思う。

そのまま様子を窺っていると、天女が「じゃあ〜、食べよっかぁ!」と言って冷めた饂飩をすすり始めた。それに促されて皆も手元の饂飩を啜る。なんで皆同じもん食ってんだ。天女と同じもん食いたいってか?
さて、ユキ特製激辛饂飩が当たったのは……

「ぶーっっ!!」

食満留三郎先輩だった。啜った直後に吹き出し、口をパクパクさせて悶える。

「汚ねぇぞ留三郎!!」
「ちょっ、天女様にかかったらどうするのさ!」
「天女様大丈夫でしたか?火傷などしておりませんか?」
「うんっ大丈夫!留三郎、大丈夫?」
「どれ、見せてみろ!赤くでもなっていたら大変だからな!!」
「だ、大丈夫だよぉっ」
「…もそもそ…」

食満先輩の心配もせずにいちゃつき始めるその他。食満先輩は顔を真っ赤にして汗をかきながら、ガタンッと勢い良く机に手を起き立ち上がった。

「あのヤロォォォオ!!」

叫んだと同時に厨房に向かってくる。反射ってコワい。ふと横を見ると、今さっきまでにやついていたユキはそこに居なくて。置いてかれたのだと理解すると同時に逃げ出した。

「え、ちょ、留三郎くんっ?」
「全く…落ち着きの無い男だ。」
「天女様、気にせずに食べましょう。」
「どうせ厠かなんかでしょう。」
「早く食べないと冷めちまうぞ!」

食堂で笑う気配を感じながら、ふと振り返ると必死の形相で追いかけてくる食満先輩と目があった。

「てめぇか鉢屋ぁぁぁあ!!」
「わ、私じゃありませんってぇ!!」

そのまましばらくの間命懸けの鬼事か行われたわけだが。ふらりと現れたユキによってカラクリから流された天女との狂った会話に、食満先輩は顔を真っ青にしたのだった。