強さに憧れて

※『香りに誘われて』と同主設定


「はぁ、はぁ…」

あれは四年にあがって間もなく与えられた任務だった。とある屋敷から巻物を盗ってくるという至極単純な任務だった。その屋敷は用心棒を雇ってはいたが大して強くない、ただ槍を振り回すような大柄な男だった為任務の階級としては簡単な物だった。
ただ誤算があった。その巻物を、数人の忍が狙っていたということだ。

そして現在私はその忍に傷を受け、木陰に身を隠していた。

「!誰だ…っ」
「無事みたいだな、俺は学園の者だ。」
「学園の…?」

それは事実か否か。私は学園生活四年目だが、こんな男見たことがない。クナイに手をかけ、背を向けないように距離をとる。

「ははっ、いいねぇ。そうだ、突然現れた者を信用するな。」
「!」
「決して背を預けるな。」

風を切る音がする。ちっ、見つかったのか。

「俺が退路を作ってやる。その間にお前は学園へと走れ。ただし、決して俺を信用するな。」

この男は、自分が矛盾していることを分かっているのだろうか。私を逃がすと、味方だと仄めかしておきながら信じるなと牽制する。

「いいか鉢屋。」
「!」
「主の元に生きて帰ることが忍にとって最も重要な事だ。例え道中、敵の忍に負けようと、情報を持ち帰れりゃ勝ちだ。」

ニヤリと笑った男に心拍数があがる。なんだ、コレ。
手足を確かめてから力を入れて立ち上がる。それだけであがる息に眉をしかめる。もしかしたら毒が塗ってあったのかもしれない。けれど、この男の言うように生きて帰れば私の勝ちだ。

その時、クナイや手裏剣が男に向かって投げられた。それをものともせずに持っていたクナイで防ぎ、俺に背を向けた直後、上から現れたもう一人の忍を至極簡単に伸してしまった。その圧倒的な強さに、思わず息をのむ。

「振り返るな。」
「っ」
「行け。」
「!」

声に促され、後ろを振り返りたくなるのを必死に抑えて学園へと走った。





「…で、その後学園に帰ったらユウキさんは先回りしていて、手早く治療してくれたって話だろ?」
「な、何故ハチがユウキさんと私の感動の初対面を知っているんだ!?」
「お前が何回も話したからだろうが!!」

大体、この話は去年の話だ。今まで何回聞いたか分からないくらいだ。以前同室の雷蔵に言えと言った事があるが、普段穏やかな雷蔵に笑顔で「いい加減にして」と怒られたそうで、それ以来俺に話す機会が増えた。というか現在進行形で鉢屋の自慢話は続いている。
ほぼ日課と化している脱走した毒虫を探している最中の事だ。ウキウキとした様子でやってきた三郎は忙しなく走り回る俺の三歩後ろをずっとつけて話し続けている。無駄なところで才能を発揮する奴だ。

「今日はこれで終わりじゃないぞ!」
「げっ、まだ続くのかよ。」
「昨日、この話を立花先輩に自慢していたのだが…」
「おま…」

立花先輩になんつー面倒な事を…いや、あの人も似たようなものか。この二人は頻繁にユウキさんの事で自慢しあっている。

「悔しい事に、一昨日の任務は立花先輩一人だったらしくて、ずっと二人きりだったと言うではないか!」
「へぇー。」

まぁ任務も毎日有る訳じゃないし、単独で行うものも多い。実習でないなら単独行動だし、ユウキさんと二人きりになる機会も有るだろう。

「それを話しているときのあの顔…!」
「まぁまぁ。そりゃ六年生ともなれば難しい任務も増えるんだろ。そのうち単独任務もあるさ。」
「それはそうかもしれんが…」
「んな事よりそれ、ユウキさんと食う為に買って来たんだろ?」

三郎の手にあるのはカステイラ。大方、しんべヱに頼んだんだろうけど。たしかしんべヱの親父さんは貿易商だった筈だし。

「そうだった、こうしちゃいられない。おばちゃんに二人分のお茶を頼んで来なければ。」
「おー行け行け。」

シッシッと片手で追い払うようにすれば三郎はいそいそと食堂へと向かう。毒虫探しを中断してその後ろ姿を眺めて溜め息を一つ。ユウキさんさっき見かけた時は屋根の上で寝ていたけど、見つかるんだろうか。…いや、三郎なら大丈夫か。

まったく、厄介な奴に好かれてユウキさんも大変だ。なんて他人事のように考える。まあ、三郎達とは違う感情だけど俺も好きだし。

何かあったら力貸しますよと心の中で呟いて毒虫探しを再開した。