優先順位

「マネージャー、ですか?」

キョトンとした顔で見上げてくる黒子に思わず苦笑い。

「え、この部にマネージャーなんて居んのかよ?」
「居る居る!あれ、紹介してないっけ?」
「知らねえ、です。」
「僕も会ったことないです。」
「まあ確かにアイツ、滅多に姿現さねえからな。でもほら、いつも気付いたらタオルがつんであったり、ドリンクが用意されてたりするだろ?」

黒子は元から影が薄いけど、アイツの場合はそんなんじゃない。意図して気配を消すことが出来るらしい。俺達の集中力を中断させないようにと、気配を消してそっと部の雑用事をやってくれている。
一年連中に存在を知られていなくても、それに憤慨するでもなく。文句一つこぼさずにやってくれている出来過ぎるマネージャーだ。

「それだけじゃないわよ!火神くんが壊したバスケットリングとか、火神くんが凹ませたバスケット板とかを直したりしてるのもあの子よ!」
「うっ」
「破れたリングネットとかもな。」
「へえ、器用な人なんですね。」
「器用…とは少し違うわね。あの子は天才よ。」
「!」

アイツは運動神経がずば抜けている、らしい。彼女が力を出しているところなんか見たことがないからあくまでも聞いた話だが。
けどまぁ、仕事は早いから要領は凄い良いんだろうとは思う。

「何をやらせてもプロとして通用するほどの逸材。奇跡の世代、黄瀬涼太以上のね!」
「ほう…」

悪どい顔をする火神。興味があるのか無いのかよく分からない顔のままの黒子。けどまあ、ガン見してるから気にはなっているんだろう。
つーかアイツそんなにすげえの?カントクが顎に手を当てて考える素振りをみせる。

「この時間ならそうねぇ…洗濯物を取り込んでいる頃かしら。行ってみる?」
「おう!」
「はい。」
「まあそんな珍しいもんじゃねぇけどな。ただのバカだし。見た目は他の生徒と変わらない普通だからな。」
「とか言って、日向君ユキに会わせたくないだけじゃないの。」
「うるせっ。」

カントクがニヤニヤして背中を叩いてくる。別にそんなんじゃあ無い、筈だ。俺もあんまりアイツの事知らないし。うん、そんなんじゃあ無い。

四人でゾロゾロと体育館横に行くと、そこには目的の人物が居た。ただし、木に登り身を乗り出して外を眺めているが。

「…なにやってんのユキ。」
「うあっはい!いや、何も?何にもしてないよ?わらび餅屋さんが来たなぁ食べたいなぁなんて思ってないよ!?」
「…」

確かに何処からか『わらび〜餅…』と声が聞こえてくる。それは徐々にコッチに近付いて来ているようだ。
コイツが?と呆然と吉田を指指し、俺に視線を寄越してくる火神。黒子はただじっと吉田を見ている。俺も思わず額に手を当てる。あー何で俺コイツの事…イヤイヤ、そんなんじゃあ無い。

「洗濯物は?終わったの?」
「え?あ、うん。さっき棚に戻しておいたよ?」
「あ、そ。」

相変わらず仕事は早い。カントクもふぅと溜め息を吐いてクルリと振り返った。

「火神くん、黒子くん。この子がマネージャーの吉田ユキよ!」
「え、あ、よろしく…。」
「よろしくお願いします。」
「あれ、これもしかして降りた方がいい感じ?ちょ、ちょっと待って。十秒、十秒で買ってくるから!」
「え?あ、ちょっ!?」

ピョンッと外へと飛び降りた吉田にカントク以外の肩が跳ねる。何メートルあると思ってんだアイツ!!

「おいっ!大丈夫か!?」
「吉田っ!」
「…あの」
「んだよ黒子!今はそれどころじゃねぇだろ!」
「いえあの。…吉田さん、戻って来てます。」
「「はあっ!?」」

黒子に言われて振り向くと、確かに黒子の隣に吉田が立っている。それも、わらび餅をモグモグと食べながら。

「ほらユキ、挨拶しなさい。」
「あ、モグモグうん。よろしくー。」
「よろしくお願いします。」

ヘランと笑った吉田と動じずに挨拶を仕返す黒子。カントクは呆れていて、俺と火神が思わず脱力してしまった。
これが俺達、誠凛高校バスケ部のマネージャーと一年生の出会い。そして、俺が吉田の身体能力の凄さを垣間見た瞬間である。





日向君視点。
おバカな子が書きたい。
季節は夏。わらび餅屋さんは焼き芋みたいに軽トラで販売に来るやつです。