茜空



「っ…」

カシャッ

それは殆ど無意識だった。

日が暮れ始めて道はオレンジ色に染まる帰り道。いつも通りライカのカメラを首から下げて、少し鼻歌を歌いながら家路を歩く。
光が眩しくて目を細め、ふと川に目をやれば太陽の光に反射した水面がキラキラと光り輝いていて、思わずカメラを構えた。カメラを覗いたまま視点をずらせば、中学生だろうか、制服を着た女が眩しそうに水面を眺めていた。
その幻想的にも思える風景に、気がつけばシャッターを押していた。





「それは恋ってやつじゃないの?」

ニヤリと笑ったのはさくらももことかいう年下の女子だ。
公園で偶然出会ったコイツとその友達(たまちゃんとか呼ばれてた)に、現像したばかりの写真を見せながらその時の事を話していた。そして、上の話になったわけだ。

「はぁ?お前大丈夫か?」
「あんたねぇ、もうちょっと照れるとかしたらどうなのさ!」
「ふふっ、でも本当にキレイだね。」

そう言って再び俺は写真に目をやる。オレンジ色に染まったいつもの帰り道の土手。其処に一人の人物が入っただけなのに思わず魅入ってしまう。

「で?ヒロシくん、このオネーサンとどんな話したの?」
「は?」
「名前は?好きな物とか、どこの学校に行ってるのかとか!」
「そういえば、この制服どこのだろうね?」
「確かに近所のオネーサンのとは違う気がするね。」
「あー…、あの、さ…」


「俺、その人と話してないんだわ…。」
「「ええっ!?」」



「な、なんで!?」
「いや、なんでって言われても話してないから、としか言いようがねえんだけど…」

そんなんじゃダメだよ!絶対話したほうがいいって!と力説するまる子に苦笑いを返してその日は別れた。
そりゃ、俺も話し掛ければ良かったなーと後から思った訳だけど、行動に移す事が出来なかったのだから仕方がないと思う。



あの日と同じくらいの時間、同じ場所を通りかかる。其処にはあの日と同じように夕焼け空があって、景色はオレンジ色に染まっていて。誰もいないその風景にカメラを向けてシャッターを押す。だけど現像していないその一枚は、どこか味気ない事がすでに分かっていて苦笑する。
数分の間、彼女が立っていた場所を眺めていたけれど、溜め息をひとつ吐いて家路につくことにした。
シャッターチャンスを逃さなかった所はカメラマンとして優秀なんだろうけど、運命的な出会いのチャンスを逃したのは男としてどうなんだろうか…。ガキの頃の恋なんて大人になったときどれほど覚えてるかなんて分からないけど。きっとこの思い出はどんどん美化してくんだろうなチクショウ。
もう一度溜め息を吐いて少しだけ振り返る。すると橋の上に見覚えのある、というか彼女と同じ制服の女子を見つけて。
思わず首から下げたカメラを握り締め、全力で彼女に向かって走る。徐々に見えてきた姿に自然と胸が高鳴って。

「あ、あのっ…!」

まる子に焚きつけられたこの思いが、どのくらいなのかは自分でも分からないけれど。
振り返った彼女と目があった瞬間の息苦しさは、きっと彼女が最初で最後だと思うから。

「写真、撮らせて貰えませんか!?」

シャッターチャンスは家に引きこもっていたら巡ってこない。だからチャンスをモノにするならば、自分から行動を起こさなければいけないんだ。






まるちゃんの武田洋(ヒロシ)くん。まるちゃんと同じ学校の五年生。カメラを持ち歩いている男の子で、タマちゃんのお父さんの良きライバル(笑)黒髪にキャップ帽をかぶってます。
ヒロシくんは数年ぶりの再登場だったそうで、衝動的に書きました。