※迷推理主
とある日曜日。
客足もティータイムを過ぎて落ち着きをみせ、現在ポアロ店内には店員と小学生の2人のみ。
学校帰りやモーニングに訪れることが多いこの少年が、この曜日、時間帯に訪れることは実は珍しい。
「ねぇ安室さん」
「なんだいコナン君」
オレンジジュースの入ったグラスを小さな両手で挟み込みつつ指で弄びながら、少し思案顔で話を切り出した。
「最近、変わったお客さんって来てない?」
「変わった?」
「うん。例えば1人で来る小学生とか」
「うーん、小学生ではないけど、最近よく来るようになった女性はいるよ」
例えば、と言う割には限定的な言い方だった。
しかし目の前の少年以外で1人で訪れる小学生は見ていないので、別のお客さんを思い浮かべる。
「!…なにか気になった事があったの?」
「そういう訳じゃないんだけど、ここって若い女性1人の常連さんってあまり居ないから」
「あー、安室さん目当ての人って友達とかと複数で来ることが多いもんね」
「ははは、まぁそうだね。その人は、日中のそういった忙しい時間を避けて来る事が多いかな。夕食を食べに来たりとか土日の朝来たりとか。決まってる訳じゃないんだけどね」
「ふぅん」
頬杖をついて店の外に視線を投げるコナン君。何かを見ている訳ではなく、ぼんやりと眺めているようだ。
「何か気になる事でもあるのかい?」
「…僕のクラスメイトなんだけどさ」
「クラスメイト?」
「うん、すぐ近くに住んでる子なんだけど」
「あ、蘭さんが言ってた子かな?一緒に旅行行ってきたって聞いたよ」
その話を聞いたのは少し前。大阪まで毛利探偵とコナン君、そしてその女の子と一緒に遊びに行ったという話だ。蘭さんがポアロの皆でどうぞとお土産を持って来てくれて、その際にお土産話を聞いたのだ。
「そうそう。結構最近引っ越して来て、仲良くなったんだけど」
「うん」
「なんか最近放課後は忙しいって避けられててさ」
「…なんか意外だなぁ」
「何が?」
「いや、コナン君も小学生なんだなぁと思って。大人っぽいから、そういう悩みとかって無さそうだなって思ってたから」
「うーん、そうなんだけどそうじゃないっていうか…」
「?」
苦々しい顔をしたコナン君に首を傾げる。友達に素っ気なくされて寂しいなどという感情では無さそうだ。
「友達が問い詰めたみたいで、その理由を後から聞いたんだけど」
「うん」
「推し活で忙しいんだって」
「推し活」
小学生が推し活。いや、別に可笑しい事ではない。アイドルや俳優など、好きな物に傾倒する小学生だって当然いるだろう。とはいえ、聞き慣れないその言葉に思わず瞬きをした。
「たぶん僕が居ない時間を狙って此処に来てるんじゃないかと思って」
「え、推し活で?」
「うん。安室さん推しらしいんだよね」
「うん?」
「だから待ち伏せしようと思って今日来たんだ」
???
意味がうまく飲み込めなくて首を傾げてしまうが、カランコロンと音が鳴り、ハッとして顔をあげる。すると先程話をしてた最近よく来る女性だった。
声をかけようとしたその一瞬前にコナン君があ、と小さく声をあげた。それを横目に見つつ、笑みを浮かべて来店の挨拶をする。
「いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ」
店内にはコナン君と僕の2人。2人の視線が集まって驚いたのか、彼女は一瞬身体を硬直させ、気まずそうに店内に入ってきた。普段彼女が座るのはカウンターの1番奥。どうも広い席に1人は落ち着かないと以前言っていたそうだ。
「お姉さん此処の席に座って。僕とお話しようよ」
コナン君に思わず視線を向ける。微笑んではいるがその有無を言わさない静かな迫力はなんだ。
おずおずとコナン君の右隣に座った彼女。コナン君の様子を伺いながらメニューに視線を落とした。
「えーと、ハムサンドとカフェオレで」
「はい、かしこまりました」
注文をいただいたので視界の端に2人を入れつつ調理に入る。コナン君は未だにニコニコと笑みを浮かべて彼女を見上げている。
「何か言うことは?」
「今日も尊いです」
「あ?」
「いやもーしょうがなくない!?」
2人は知り合いなのは確実。先程のコナン君との会話から、待ち伏せ対象はクラスメイトのはず。しかし彼女はどう見ても大人の女性だ。小学生には見えない。
「ったく、それにしたって避けなくてもいいだろーが」
「君らといると事件ばっかりなんだもん」
「それは…まぁそうかもしれねーけど。好きでそうなってる訳じゃねぇし」
「いやキミ達わざわざ顔突っ込んでくよね?」
クラスメイトの親にしては若いし、歳の離れた姉か。女性は化粧で変わるし、高校生くらいなら見えるな。
「罰として、明日の朝は一緒に登校すること」
「遠回りなんですけど」
「バーロー、すぐそこだろーが」
ということは、コナン君ではない元のーーー…
「安室さんは明日も出勤なの?」
ハッと意識が戻り、手元のサンドイッチから顔をあげる。2人がこちらを見ていて取り繕うように笑みを浮かべて、サンドイッチを皿に盛りつつ側に寄った。
「うん、明日は朝から居るよ」
「え、じゃあ是非ともお迎えにあがります」
「現金だなオイ」
カランコロン。新たにやってきたお客さんの対応となったため、コナン君に詳細を聞くこともできずにそのまま話は別の話題へと移っていった。
ーーー
次の日。
カランコロン
箒と塵取りを持って外に出る。すると、ちょうど階段から降りてきたコナン君と視線が合った。
「コナン君おはよう」
「おはよう安室さん」
「あれ?彼女はまだ来てないんだね」
「待ち合わせ時間まではもう少しあるから…あ、来た」
コナン君の視線を辿ればランドセルを背負った小学生の女の子。その容姿は昨日コナン君と話をしていた彼女に似ているように思う。
「おはようございます!」
「はい、おはようございます」
「おはよう。おいこっち見ろコラ」
はぁ、とため息を吐いたコナン君が肩ひもに手を添えてランドセルを背負い直す。彼女は相変わらず少しかがんだ僕をニコニコと見上げている。
「それじゃあ安室さん、そろそろ行くね」
「もうそんな時間…?私このままポアロに寄りたい」
「バーロー、さっさと行くぞ」
「えぇ〜」
昨日の彼女はどう見ても居なくて、代わりに居るのはこの小学生。だけれど、そのやり取りは昨日と何も変わらなくて。
コナン君がこれほど執着しているようならば、きっとこれから会う機会も多いだろう。ならば解き明かしてみせよう。
なんたって僕は、
「いってらっしゃい」
「!!いってきまぁす!」
「…いってきまーす」
探偵ですから。