後輩の心、先輩知らず

※『出会えた奇跡』同主設定。天女編。



『天女様!今から町へ行きませんか?』
『町?行きたーいっ!』
『あー、狡いぞ文次郎!私も行く!』
『ふふ、喧嘩しないでよ小平太。皆で行こう?』
『新しい甘味処ができたそうですよ。天女様甘いものお好きでしたよね。』
『そろそろ新作の紅が出る筈です。きっと天女様によく似合います。』
『伊作と仙蔵は物知りね!楽しみぃ!』

ピッ

「「「「…」」」」

血の気が引くとはこの事だ。天女の幻術から解放された俺以外の五年生は、六年生の映像を見せると顔を真っ青にさせた。

「さ、三郎。まさかとは思うが…」
「俺たちのもそのカラクリに残ってるとか言わないよな…?」
「ふ…」

思わず遠い目をする。お前等だけじゃなくて私のもバッチリ残ってるよ。そんな思いが伝わったのか各々が更に顔を青くする。

「な、ならその映像消すことは出来ねえのかよ?」
「そ、そうだよ。だって今そのカラクリは三郎が持ってる訳だし。」
「んんんんなことしてみろ!!この映像以上に恐ろしい…」
「それ以上に恐ろしいことなんてあるか?」

手を震わせながら顔をユキにする。声が震えそうだ。

『消すの?ま、別にいいよー。その代わりその顔に変装してあの女を一晩掛けてじっくり、優ーーしく抱いてきてあ・げ・る。』
「「「「……ひぃぃぃいいい!!」」」」

笑顔で。そう、笑顔で言われたんだ。居ない時を見計らって部屋に食満先輩と忍び込んだ時に、音もなく背後に立たれ、見下ろされながら言われた。あれは、恐怖以外の何物でもない。
手酷くするならまだ六年生が敵になる位で済むだろうが、優しくしたらそれに加え、恐らく今まで以上に執着されてしまう。きっと夜の手腕もユキは抜群だろうから。

「庄左衛門、先輩達大変そうだね。」
「まあ、自業自得ってことだろうね。」
「庄ちゃんたら相変わらず冷静ね…」
「鉢屋先輩。」
「僕らはちゃんと忠告したじゃないですか。委員会に来て下さいと。」
「まさか…」
「下級生は皆知ってましたよ?ユキさんが色々企んでた事。」

と、いうことはだ。「先輩、委員会に来て下さい。(じゃないと後々絶対に後悔しますよ?)」

「…俺たちが可笑しかったのを心配して言ってた訳じゃないんだ?」
「心配はしてましたよ?ある意味。」
「ある意味!?」
「ユキさんの協力もあって、委員会自体は滞りなく下級生のみでもやれていたんです。」
「そうだったのか…」
「でもおばちゃんの料理へと冒涜だーって怒っていらっしゃったので。更に委員会活動で時間がとられて修行にならないとも仰ってました。」
「だから、可笑しな先輩達を心配はしていましたけど、それよりもユキさんの報復の方が心配でしたね。」
「でも…」
「ん?」

一旦言葉を切った二人に目を向ける。俯き、眉を下げた二人が顔を上げ、本当に嬉しそうに頬を染めて言った。

「先輩方が元に戻って下さって良かったです。」
「うん、やっぱり寂しかったよね。」
「「「「「(じーん…)」」」」」

その言葉は俺達の五臓六腑まで染み渡る暖かさを持った言葉で。なんて事をしてしまっていたんだろうという後悔と、これからは今まで以上に後輩を大事にしようと決意が胸に沸々と湧き上がった。

「よし、俺今から委員会行ってくる!」
「あ、私も!」
「俺街まで団子を買ってくる!庄左衛門、彦四郎ちょっと待ってて!」
「俺も行く。久しぶりに豆腐料理を作って皆にご馳走しよう。」
「んじゃ私はおばちゃんにお茶をお願いしてくるよ。」

各々いつも以上のスピードで目的地へと急ぐ。そんな中私は食堂へ行く途中、ふと感じたユキの気配。気になって部屋に引き返して、私は後悔することとなる。

「どう?ただの喜車の術とはまた違って、効果的だったでしょう。」
「はい!」
「先輩たち皆感動してました!」
「ただ喜ばすだけじゃ効果も薄いからね。一旦引くのが肝心だよ。」
「はい!」
「このように、五車の術は併用して使う事も可能だよ。最初はつんつんと冷たい態度をとっておいて、いざという時にでれっと甘えるのが”つんでれ”だ!」
「これが”つんでれ”かぁ!」
「天女様も役に立つ時があるんですね!」
「いい?学べるモノは学びなさい。あの女を見て馬鹿で無知な女の仕草、行動、言動を習得するんだ。男へと媚びの売り方、釣った男への餌のやり方とかもな。」
「はい!」
「上級生を見て、恋に溺れた男の阿呆な行動、逢い引きの仕方、贈り物の選び方を学びなさい。」
「はいっ!」
「成りきることは忍にとって重要な事だからね。まだまだ観察対象は沢山いるから、よく観察するように。」
「「はい!」」

聞き分けのよい返事に頭を抱える。こんな形で後輩達の手本になっているとは思わなかった。

「は組の皆にも効果があったって知らせてきます!」
「あ、僕もい組の皆に知らせてきます!」



「……子供の成長は早いなぁ。ね、鉢屋?」
「はは…本当に。」

忍んでいたのに初めから気づいていたユキは感慨深そうに二人を見送りながら言った。目に見えて肩を落とした私を見て、ユキが可笑しそうに笑った。