「柚香」
とある街のオープンカフェ。待ち合わせ時間より少し遅れて志貴が着くと、そこには既に柚香が居て席についていた。それに気付いて声をかけると、柚香は顔をあげた。
「志貴」
「気になる情報が入ったみてほしい。ここ最近佐倉蜜柑に関わる人物のリストの……」
取り出したのは一枚の封筒。柚香がそれを受け取り中身を出すと、写真が二枚。それを見えるようにテーブルに並べると志貴が指を差しながら説明を始める。
「この写真。これ一枚で分からないならもう一枚…」
一枚は大人の女性。もう一枚はアリス学園の生徒であろう幼い少女の写真。そのどちらも柚香には見覚えがあった。
「この写真私と同じクラスにいた、あの…吸魂のアリスの、小泉月…!?」
志貴が黙って頷く。それを気にする余裕も無いほどに柚香は動揺していた。
「あの女が……学園暗部セクションの刺客が何のために…」
何で今、こんな姿で学園に…?小さく呟いた台詞は志貴の耳にも届いた。
「ここの所学園でいくつか起きた騒動のせいで、君の娘がターゲットであるという事以外彼女が送り込まれた目的までは今の所把握していない。」
志貴はそっと目を伏せる。
「小泉月のアリスからして、目的は2つのうちどちらかなんだろう。彼女のアリスは魂を吸いとることで、1つは吸いとる魂は少なめに、逆に自分の気を吹きこみ相手を意のままに操る。もう1つは魂を一気に吸い衰弱、もしくは死をもたらす──…」
ルナが、蜜柑のそばに…
波打つ心臓を落ち着かせるように、柚香はギュッと拳を握った。
「奴らがどちらを狙っているのか目的が分からない以上判断のしようがない。ただ純粋に佐倉蜜柑が邪魔なだけなら、操る方だとしてもあの学園が初等部の一生徒のために月を使ってまで、こうもまわりくどい方法をとるとは解し難い──とすれば考えられるのは佐倉蜜柑を身の危険にさらすことで」
今まで顔を伏せていた志貴と目が合う。その顔は真剣で、心配の色を含んでいるようにも見える。
「柚香、君をあの校長はまた学園におびきよせようとしているんじゃないか…」
あの日、君が校長にした事をリセットさせるために…
鈍器で殴られたような衝撃が柚香を襲う。私のせいで、あの子が…
「もしそうだとすれば、業を煮やした彼らが俺達を試すためにこの先、佐倉蜜柑への行為をどこまでエスカレートさせていくか…」
蜜柑…っ
────
運ばれてきた珈琲を志貴が一口飲む。私も彼に倣って一口飲んで気持ちを落ち着かせる。ふと子供のルナを見て疑問を口にした。
「ねえ、この写真どうやって手に入れたの?ボケてないし証明写真じゃないわよね。」
「…ん、あぁ。」
こんな正面からの写真なんて、本人に頼まないと撮ることなんて出来ない。更に言えば学園内に忍び込んだ仲間がそんな事出来る筈もない。だって大人だし。突然オジサンに話し掛けられた上、写真撮らせてなんて言われたら引く。完全に引く。寧ろ逮捕モノだ。
それが違和感なく出来る人物…
「…お、いたいた。おーい志貴くん、柚香ちゃーん。」
「ユキ先輩!?」
手を振りながら現れたのは丁度頭に思い浮かべた人物で。思わずガタリと勢い良く立ち上がる。
「…彼女がユキ?」
「え?うん。この間学園行ったときに会ったよね。」
「あぁ、でもあの時は子供だった。」
目の前にいるのは大人の女性。二十歳くらいだろうか。
そういえば、とユキ先輩を上から下まで見る。私はこの姿の方が見慣れているから違和感無かったけれど、志貴はこの間と写真でしか知らないもんね。
「変化してるんだよー。流石に子供のまま出歩いて見つかったら嫌だし。補導されても面倒じゃん?」
「…」
「ま、そういう体質だとでも思ってくれればいいよー。」
優雅に腰掛けたユキ先輩は珈琲とチーズタルトを頼んだ後、ヘラリと笑った。あぁ懐かしいな。
「その写真、よく撮れているでしょ。」
「やっぱりユキさんが撮ったんですね!」
「うん、周りに群がっていた男の子に混ざって撮らせてもらったんだー。そんで志貴くんに送り届けたの。」
「周りに群がってた…?」
「ん。」
「そっ、か…。」
また、アリスを使っているのだろうか。ルナは、私のことを裏切ったって思っているのだろうし。ルナの事も蜜柑の事も全部私のせいだ…
「柚香ちゃん」
「先輩…」
顔を上げるとユキ先輩がチーズタルトを頬張りながらいつもの調子で微笑んでいて。
「大丈夫だよ。」
「先輩、」
「大丈夫。」
「先ぱ…」
「あの子は一人じゃないよ。ドSの幼なじみ、嫌みでツンデレのクラスメート、動物達のアイドルに心読みのアリスの持ち主、悪霊を呼び寄せる四歳児…」
「…」
「それ大丈夫?蜜柑虐められてない?本当に大丈夫!?」
不穏な言葉の羅列に不安になる。なにその交友関係!
「ナルちゃんにミサキチ、神野センセー。秀ちゃんに昴ちゃん。それに、馨ちゃんの息子だっているよー。」
「え、馨先輩の?」
「そうだよー。」
「そうなの!?私会った事あるかな?」
「あると思うけど。ほら、Zの時に黒髪の目つきの悪い子居たでしょー?」
「逃げる直前に爆弾落としていった奴じゃないか?日向棗。」
「あー、あの子!言われてみれば似てるかも!」
黒髪に赤い瞳。馨先輩の子供の頃なんて知らないけれど、似てる気がする。あとでもう一度写真を見てみようかな。
「蜜柑も柚香ちゃんに似てるよー?頭の出来とか料理の出来とか。」
「あー…」
「ちょっと志貴、なにその顔。私だってやれば出来るんだから!」
失礼な反応をする志貴に殴りかかる。
久し振りだ。こんなくだらない話をして盛り上がるなんて。私がまた、笑えるなんて。
志貴もいつになく穏やかに微笑んでいて、ユキ先輩はヘラリと笑った。