湖の噂

「だから言っただろう。アレは説教とは言わん。」
「っ先生!?」
「えー?そうかなぁ?」

心底不思議そうな顔で首を傾げる吉田。確かに凄い悲鳴だった。

「何処行ってたんだよ!」
「ん?何。私は蝶々なぞ追いかけておらんぞ。」
「そんな事してたのかよ!!」
「ふふっ、斑ったら猫みたい。可愛いっ。」
「フフン、私がラブリーなのは知っておるわ。」

二人がまたじゃれ始めた。二人とも面白半分で俺をからかっているんだからたちが悪い。

「ヒイラギ、無事だったか。」
「、はい。」
「?どうした?」
「いえ…」

なんかとても気まずそうだ。チラチラと吉田を見ている。

「お嬢さん、ご協力ありがとう。」
「いえ、私は何も。」
「いやいや、君がいなければ封印は難しかっただろう。」
「またまた。」

二人とも笑顔だ。笑顔だけど笑っていない。特に名取さんは何か探っているようだし、吉田はそれをのらりくらりとかわしている。なんか怖い。
ふと、吉田が名取さんから目を逸らして湖を見た。つられて俺も見てみるが、何もない。

「夏目くん、良いものが見れるよ。」
「良いもの?」
「うん。あっち。」

指を指したのは湖の中央。何があるのかとじっと見ていると、水面が波立ってきた。

「な、なんだ!?」

盛り上がる水面。次の瞬間、鯨程の大きな魚が勢い良く飛び上がり、水しぶきを上げた。魚は一回転すると、そのまま水中へと消えて行った。水しぶきによって小さな虹が出来る。それはまるで、あの魚がお礼を言っているようで、思わず見とれる。

「ここのヌシだな、あれは。」
「ヌシ?ヌシがなんでこんな…」
「何年も前のことなのに、覚えててくれたんだね。」
「それくらい、あの出来事は衝撃的だった、という事だろうな。」

先生と吉田はよくこんな顔をする。昔を懐かしんでいるような、切ないような、そんな顔を。同じ景色を見ている筈なのに、二人には一体何が見えているんだろう。俺が見ている景色とは、違うんだろう。

「…その昔、この辺りの湖や川の水が枯れた事があったらしい。」

名取さんが思案顔で話し出した。

「草木は生い茂り、太陽はサンサンと大地を照らす。季節は夏。例年にない猛暑が続き、動物や妖は暑さで倒れ、森では水が不足した状態が何日も続いていたそうだ。」

ニャンコ先生は目を瞑り、吉田は湖を見ながら欠伸をしていた。…隠せよ。

「そんなときに現れたのは一人の人間。その人間は水龍を従え、瞬く間に湖の水を増やし、森に小雨を降らして地面を冷ましたらしい。」
「名取さん?」
「湖のヌシはその恩を忘れず、ずっとその人間を探している。」

名取さんは吉田から目を離さない。話の流れを考えれば分かる。名取さんは吉田をその人間だと疑っているんだ。

「…っていう話を聞いたことがあるんだけど。」
「それはなんというか…御伽話みたいですね。」
「そうだね。でも、どうやら事実だったみたいだ。」
「あらあら。」

吉田が見た方向を見ると随分小さな妖達が此方の様子を窺っていた。スゴい沢山いる。

「アレ、オンジン?」
「オンジン!」
「ニオイニテル!」
「ニテル!」
「オンジンダ!」
「キットソウダ!」

妖達はきゃらきゃらと笑い、踊りながら吉田の周りに集まってきた。

「また小さいのがワラワラと集まりおって。踏み潰してやろうか。」
「先生…」
「噂は噂だと思っていたけれど、何処までが本当の事なんだろうね。」
「ふふ、大分脚色されてると思いますけどねぇ。」

名取さんが探るような感じではなく、本当に不思議そうに笑ったのを見て、少し安心した。