彼女と月夜
月が頭上で輝き始める夜、スラム街の一角に多くの人が集まるようになったのは割と最近の話だ。
ある日ふらりとデカい荷物を抱えたその女がやってきて以来、俺達スラムの人間は1日一食の生活が保証されるようになっていた。

「ユキ姉ちゃん!」
「んー?あら、こんばんはぁ。」
「こんばんわっ!」
「ばんわー!」
「今日のご飯なぁにっ??」
「今日はぁ、菜っ葉の混ぜご飯とぉ、お魚の唐揚げとぉ、あら汁ですよぉ。」
「?よく分かんないけど美味しそー!」
「わーいっ!」

最初にこの女は言った。食事作ってあげるから此処の事教えて、と。なんでもバルバットに来たのは最近らしく、女は本当に何も知らなかった。地名、貨幣、政治体制、スラム。俺たちのように環境に恵まれてない子供でも知っているような事を知らない。けれど無知ではあるが無防備ではなかった。隠しているようだがふと見せる表情、威圧感はかなりの手練れ。けれどそれが俺たちに向けられる事は殆ど(刃向かった奴以外)なかった。

「よぉ。」
「カシムくんこんばんはぁ。顔出すなんて珍しいですねぇ?」
「まあ、な。それより俺はアンタに聞きたい事があんだよ。」
「はぁい、なんですかぁ?」

手造りのかまどに火をおこし、持参した鍋に油を注ぐ。手際良く捌かれていく魚。骨も上手に分けられ、それも無駄なく調理していく。料理なんてしたことないから分かんねえけど、今まで食べない、食べれないと思っていた部位までゴミになることがないのは見事だと思う。

「アンタ、昼間は何してんだ?」
「えぇ?うーんと、食材の買い出しとか昼寝ですかねぇ。」
「んじゃなんの仕事してんだ?毎日この量の食材用意してくれてんだ。並大抵じゃねぇだろ。」

初めに考えたのはどっかの貴族の娯楽。身なりは綺麗だったし、教養もありそうだったから。憎むべき対象の可能性を秘めながら条件をのみ、情報を渡したのは単純に利用してやろうと思ったからだ。けれど、今となっては俺たちが教える事の出来る事なんて無くて。それでもコイツは毎日此処にやってくる。

「あぁ。あれですよぉ、えーと…お城のコックさん。」
「……は?」

今、なんて?

「お城のコックさんですよぉ。それで、バルバット国王に許可貰って此処に食材回してるんですぅ。」
「ハァァァアア!?」

そこらの貴族よりもスゲェ奴だった。だって、国のトップの胃袋握ってんだろコイツ。まじか…。

「おま…」

王族からの回し者だったのかとか、バルバット国王が許可を出した事とか、色々な事が頭の中を巡るモノのそれが言葉として出ることは無く。出てきたのは大きな溜め息だった。

「器に盛るためのリンゴ1個と少し傷の付いたリンゴ10個が同じ値段ですよぉ?馬鹿みたいじゃないですかぁ。だから、節約して国民に還元。”スラム街”なんて無くしちゃおうって提案したら乗って下さったんですぅ。」

国王サマもスラム街に長年疑問を感じてはいるみたいですからぁ。そう言って完成した料理を次々と大皿に盛り付け始める女。国王が?本当に?

「お兄ちゃん!」
「!マリアム…」

見上げてくるマリアムの頭に手を置くと不思議そうな顔で見上げてくる。

「はぁい、そろそろ運んでくださぁい。」
「うんっ!お兄ちゃんも早く来てね!」
「…あぁ。」
「あーっ僕も運ぶ!」
「器持ったー?」
「危ないから走るなよっ。」
「わかってるって!」

コイツの言葉が本当かどうかは分からねえ。けど、ほんの少し、少しだけ。その言葉を信じてみたくて。

「…なあ、アンタ。」
「なんですかぁ。」

少し向こうにはコイツの不思議な術で作られた机と椅子。そこではスラムの至る所から集まった奴らが楽しそうに笑っていて。

「名前、なんつーんだ?」

コイツと一緒なら、こんな糞みてぇな国でも楽しめそうな気がしたんだ。
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