見渡す限りの海

青い空、白い雲。

見渡す限り海の続く此処はグランドライン。

そして其処にポツンと飛び出た一つの岩に少女が一人。

「何処だ此処──…」




────

その日、モビーディック号は穏やかな時間が流れていた。暖かな陽気に穏やかな波。命知らずな海賊が居るわけでも、海王類が出るわけでもない。特に急ぐ仕事もなく、時間の空いたマルコは読みかけの本を一冊手にとって食堂を訪れていた。

「ほらよ、コーヒー。」
「ありがとよい。」

席に着いたマルコの目の前にマグカップを置いたのは、四番隊隊長のサッチだ。サッチはそのままマルコの前の席に着き、一緒に淹れたのであろうコーヒーを啜った。

「今日は静かだなー。」
「だねい。」

長い船旅をしてきたが、グランドラインと呼ばれるこの海は未だに予測がつかない。だからこそ…

「嵐の前の静けさ、じゃないといいんだけどねい。」
「おいおい、変なこと言うなよ。そういう事言うと───…」

サッチが苦笑したその時、甲板でざわめきが起こった。それに互いに顔を見合わせ、机に手をついて腰をあげた。

甲板に出ると思った以上に人数が揃っていて、コイツ等仕事サボってやがったなと眉間に皺を寄せる。けれど今はそれよりも騒ぎの元を探ろうと、近場の奴に声を掛ける。

「何事だよい。」
「あっ、マルコ隊長!サッチ隊長!」
「なんだ?海王類でも出たのかと思ったが、違うみたいだな。」
「はっはい!11時の方向に人が!」

人?
ここはグランドラインで、海の上。船が、なら分かるものの人が、という言葉に思わず首を傾げた。
取り敢えず見てみようと歩みを進めると、俺に気がついた奴らが道をあけた。目を細めて指を指された海の先を見つめると、海面から岩がポツンと飛び出ており、その上に人が一人座っていた。

「なんだいありゃあ…」
「おっ?あれは女の子じゃねぇか?」

この距離でよく分かるなと呆れながらサッチを見ると、いつの間に側に来たのかエースまで居て、二人の瞳は期待でキラキラ輝いていた。

「あのなぁ、賞金稼ぎだったらどうするんだよい。」
「女一人になんか負けねぇよ!」
「そうだぜマルコ!あの子が俺好みの子だったらどうすんだよ!」
「知るか。」

とは言ったもののこの辺りには島なんてねぇし、船だって見当たらない。このまま放っておくのも後味が悪い気がする。

「はぁー…しょうがないねい。ちょっくら行ってくるよい。」
「おっ!」
「おー!行ってこい!」
「その間にコイツ等静かにさせとけよい。」

ボワッと姿を完全に不死鳥の姿に変えて翼を羽ばたき、空へと飛び上がる。上空から観察するように近付いていけば、女もこっちに気がついたようで視線が絡む。
女は想像よりも若く、一つに纏めた黒髪が光に反射して艶やかに靡いていた。細身な見た目に、目に見える武器が無いところに些か警戒を解き、空を旋回してゆっくりと女の隣に着地した。

「お、おぉー。」

なんだよいその反応は。大きな目を瞬かせて奇声をあげた女と目を合わせるように俺も顔をあげる。俺のこの姿を見ても変に反応しない様子から、どうやら俺”不死鳥のマルコ”の姿を知らないらしい。賞金稼ぎならば直ぐに反応するだろうし、海賊でもそうだろう。とすると、一般人ということになるのだが、この女身なりが綺麗過ぎる。
どこぞの姫のようなきらびやかな格好をしているという訳ではなく、この海のど真ん中に一人居るには綺麗過ぎるという意味だ。奴隷には見えないし、商人というわけでも無さそうだ。第一に、女の髪も服も濡れた様子が無いのだ。

「え、えーと、あのぅ…。君あの船から来たよね?喋れる?無理か。」
「…」
「うーん、頼んだら近くの島まで送ってくれるかなぁ。」
「…」
「てかあの船可愛いなぁ…。あんな船見たことないや。帆にはドクロまで描いてあってまるで海賊みたい…」
「…」
「ん?海賊?」

このまま放っておくと延々と独り言を言ってそうなので、取り敢えず背後に回り、ガシリと背中辺りの服を足で掴んだ。

「ぐえっ。ちょ、乱暴っ乱暴だよっ…」

空へ飛び立てば軽々と持ち上がるその身体。服を掴んでいるせいで首が絞まるらしく苦しそうな声を出すが、大した抵抗をする事は無かった。まぁ暴れられたら面倒だが、これだけ落ち着いているとただ者じゃ無さそうだ。

「おー!やっと戻ってきた!」
「マルコー!遅いぞー!」

うるせぇよい。ワイワイと騒ぐ家族に溜め息を吐く。女は呆気にとられたのか、さっきから随分と静かだ。ゆっくりと甲板に近付き、怪我をしない程度の高さで掴んでいた服を離した。
サッチが何か叫んでいるが(危ねぇぇぇ!!とかギャァァァア!!とか)、女は音も立てず身軽に甲板に降り立った事で、船員達に若干の動揺が広がる。やはり、ただ者じゃ無ぇみたいだよい。
人の姿に静かに戻って、上がる口角を隠しもせずに女に近寄る。するとそれに気付いたのか、女はこっちを振り返って首を傾げた。

「あれ、人間?」
「くくっ、そうだよい。さっきの質問に答えれば、ちゃんと喋れるよい。」
「あ、はあ…それはすみません。」
「そんじゃ、今度は俺の質問に答えて貰おうかねい。」

どう見ても強面の奴らが周りを取り囲むこの場所で、取り乱すでも無く怯えるでも無く静かに佇む女。そのどう見ても戦えそうにない細身な身体に、訳も分からず湧き上がるこの闘争心はなんなのか。

「お前、何者だよい。」

そう問い掛けた俺に、女はただ目を丸くした。

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