ハルノヒ
『綺麗な桜……春だねえ』
灰原にも見せてあげなきゃねと、とろりと眦を歪めて嬉しげに桜を見上げる同期の姿にじりじりと焦げ付く心臓が激しく悲鳴をあげて鼓動する。首から体温が上昇していき息が苦しくなる。胸元を必死に両手で抑えるも変な汗が止まらない。元凶であるなまえから目を逸らしたいけれど上顎の奥から変に力が入ってしまって目玉すら動かせない。助けて、助けて。脳が送る電波信号に従えない。こんなことは初めてだ。
『……七海?』
様子のおかしい私をなまえの綺麗な瞳が捉える。滑らかに鼓膜をくすぐった声も今の私には猛毒だ。酷く苦しい。
『ねえ、七海ったら』
「ぅ、ぐ……」
近付く香りに思わず呻くとなまえはぎょっとして身を引いた。そうだ、そのまま離れていて欲しい。出来ればもっと遠くに。
『具合悪い?苦しいの?硝子さんよんでくるから、ちょっと座ろう』
またこちらに近付いて私の背中をさすり出したなまえにいよいよ動悸が止まらない。聞いた事のない音を立てながら首筋と額に血管が浮き出るのが自分でもよくわかった。
さっきまでただの大切な同期だったのに、心配の色を瞳に宿しながら此方を見つめるなまえが心を、脳を掻き乱す。
病気かもしれない。心臓や脳というより、神経系の。
医務室にて診察するからとなまえを下がらせた後、ひとしきり笑った家入先輩が平坦な声で告げた
「いや、それ、恋だから。……春だねえ」
奇しくも、なまえと同じ言葉を使って。
「これだから童貞は」
「…………余計なお世話です」
25/29
prev next△