これを愛と呼ばずして
「……ぅ゛、あ゛ぁ゛…、っ、ぐっ」
夜中と朝方の間、だいたい毎晩 隣から聞こえてくる呻き声で目が覚める
『みずき、さん』
寝起きのふわふわとした頭で彼を呼ぶが苦しげに眉を寄せ大粒の汗をかいたその人はうわ言のようにころしてくれ殺してくれと呟くだけで一向に起きる気配がない
『水木さん、水木さん』
魘されたままにしとくよりずっと良いと思い彼の額の汗を袖で拭い肩を軽く揺すりながら声をかけるが全く目覚めない。警戒心の強い彼は大抵ここまでしたら目を覚ますのだが今晩は特に夢見が悪いらしい。それならばますます起こして差し上げなくては
『水木さん、なまえですよ。水木さん……ぃっ!』
よしと小さく意気込んで名を紡ぎながら彼の肩にもう一度手をかけると今度は水木さんの熱く湿った手が私の手首を強く掴んだ
『水木さん?』
彼が目を覚ましたのかと思い顔をのぞき込むも依然と双眸はきつく閉ざされたままであった。眠っているらしいが私の手首を掴む彼の手の強さは中々のものである。眠っていながらここまでの力が出せるのは大したものだと一周まわって感心しながらも彼の指をひとつひとつ私の手首から剥がそうと試みる
『外れないや』
眠る人間相手に自分が四苦八苦しているのがなんだか可笑しくなり ふ、とため息が零れる。起きないのならばせめて愛しい水木さんが安心して眠れるようにしてあげるのが私が彼にできる精一杯。失礼しますね、と声をかけながら彼の布団に身体を滑り込ませる
『水木さん、大丈夫。大丈夫ですよ。』
前に彼が落ち着くと言っていた体勢に持っていくべく少し枕を上にずらして水木さんの頭を谷間へと持っていく
『貴方だけのなまえがずっと傍に居りますからね。大丈夫、大丈夫』
水木さんの肩まで掛け布団を引き上げ彼の頭を腕枕で抱えながら片手で頭を撫でもう片方で背中をとんとん、と一定のはやさで軽く叩く
『朝がきても、夜がきても、これからもずっと私が貴方のお傍に居りますからね。悪い夢から貴方のぜんぶ、まもってあげる』
ゆったりと声を掛け続けると次第に呻き声が小さくなり眉間のしわも浅くなる。きつく掴まれていた手首が開放されたのを確認してから枕元に置いておいた手ぬぐいを手繰り寄せできる範囲で水木さんの汗を拭っていく。だいたい拭いきる頃にはもうすっかり水木さんは落ち着いていた
『かわいそうでかわいい水木さん。記憶が無くても貴方の寂しさぜんぶ私が埋めてあげる』
しっとり冷たく湿った水木さんの前髪をかきあげ丸みのある額に口付けを落とす。どうか貴方が朝まで穏やかに眠れますように
▽ ▽ ▽ ▽
「……ン゛、………ぁ゛?」
さわさわと心地の良い感覚に目を覚ますと障子を通した日光が柔く室内を照らしている筈だってのに自身の視界は八割ほど真っ黒で覆われていた。酸素を多めに吸おうにも目の前の壁に空気のほとんどを遮断されどうにも息苦しい。
一体なんなんだと思いながら眼前の壁に手を持っていくと何やらたゆんと柔くできていた。寝ぼけた頭で数度それを揉み続けるうちに段々と頭が冴えくる。
知ってる、知ってるぞこの感覚……俺は何処かでこいつを触ったことが──
「っ!?」
──そこまで考えてがばりと勢い良く顔を上げると困ったように、しかし慈しむように眦を下げたなまえがこちらを見詰めていた
『ふふ、おはようございます。水木さん』
「な、なっ、……!?」
驚きのあまり寝起きの喉をひくつかせているとなまえは何を思ったかまた俺の頭を先程までと同じように抱え直した
『寝起きでそう、急に動かれては首を痛めてしまいます。……それはそうと昨晩はあんまりに貴方が魘されているから私、心配したんですよ』
心配した、と言いながら挙動不審な俺の様子をくすくすと静かに笑うなまえにむず痒いような感覚がする。それと同時に、情事後になまえの柔い胸が落ち着くのだとうっかり零したいつかの夜を思い出した
「……なまえには適わないな」
よしよし、と子供にするように俺の髪を梳くなまえの腰に腕を回しきつく抱き込むと頭上からきゃあと小さく可愛らしい悲鳴が上がった
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