携帯のアラームで目が覚めた。目を開けると、見慣れた寝室のシーツ。目をこすりながら携帯のアラームを止めると、ふと視界の端に入ってきた紅白の頭髪。ぎょっとしてそちらを見ると、かつての教え子が自分の隣で寝ていた。
「ーーーと、轟くん!!?」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口元を押さえるが、轟の瞳はすぐに開いてしまった。目を開けてからゆらゆらと彷徨っていた瞳と、パチリと目が合い、轟がむくりと起き上がった。
「おはよう、先生。」
窓から差し込む光で轟の白い髪の毛と睫毛が反射し、きらきらと光って綺麗だった。少し長めの前髪から覗く瞳は、寝起きのせいか少し気怠げだ。何より、彼は少しだけ微笑んでいて、初めて至近距離で見る笑顔に目を奪われた。固まってしまった名前に、不思議そうな顔を見せた轟は、昨晩名前にしたように頭を撫で付ける。その動作にびくりとした名前を見て、また少し微笑んだ轟は、その手を下ろして耳、輪郭、顎を撫で付ける。そして段々とその端正な顔が近付いてきて、名前の唇に触れる直前で、名前は我に返った。
「わわわわーーー!!?」
急に叫んだかと思うと、轟と自分の顔の間に手のひらを差し込み、ぐいーっと轟と距離を取った。ーーー待って、何故ここに轟くんが。そういえば昨日居酒屋で再会して、その後家に帰ってきて、え?一緒に帰って来た?そういえば靴脱がせてもらって、なんで一緒に寝てるの?もしかして・・・でも服着てる。大事な事を忘れている気がする。昨日、轟くんにーーー
『先生、好きだ。』
そこまで一気に思い出した名前は、顔から火が出るかと思うくらい真っ赤になった。名前の百面相を眺めていた轟は、未だ自分と距離を取ろうとする手のひらを退けて、名前の顔を覗き込んだ。
「思い出したか?」
「・・・・・はい。」
今度は真っ赤になった顔を隠すように両手で顔を覆ってしまった。轟は布団から中途半端に出していた身体を完全に外に出し、名前の前に胡座をかいて座り直す。
「なぁ、混乱してるとこ悪いけど、返事聞かせて貰ってもいいか?」
轟が名前の手をどかし、顔を覗き込んでくる。そしてあの迷いのない瞳で名前を射抜いた。名前は居た堪れなさそうにゆるゆると視線を逸らし、歯切れ悪く口を開いた。
「・・・付き合えません。」
名前は俯いたまま、そう答える。轟の事を思っての答えだった。しかし轟は名前の答えを聞いても、すぐに引き下がるつもりは無かった。
「いつまで俺は、先生にとって子供なんだ?」
まだ轟が学生だった時は、いくら背伸びをして名前を守ろうとしても、逆に名前に心配させてしまっているのを、轟は感じ取っていた。あの頃の自分では、彼女を安心させる事は出来なかったのだと、今になって思う。だが、今はプロヒーローとしてデビューし、独立もしている。元々親であるエンデヴァーの影響でメディアから騒がれる事は多かったが、最近では親の話題性無しで自分の活躍をフューチャーされる事がほとんどだ。それでもまだ、名前にとって自分は一人前のヒーローではないのか。悔しそうな轟の言葉を聞いて、名前は俯いていた顔を上げてその言葉を否定した。
「そういうつもりじゃ・・・!」
「そういう事だろ・・・!」
名前が目にした轟は、あの卒業式の日のような表情をしていた。自分の不甲斐なさを悔やんでいる表情だった。眉間に皺を寄せて唇を噛みしめるその表情に、逆に名前が泣きそうになった。轟がそんな表情をする必要は無いのだ。断っているのは、名前自身が自分に自信がないからだ。轟の隣に並び立つ自信が。
「だって!轟くんはもう、立派なヒーローになってて、私より若くてちゃんとしてる子が沢山いるよ!・・・私じゃない方が、絶対に良いよっ・・・!」
名前の声は情けなく震えていた。どうして彼の前だとこんなにも情けない姿ばかり見せてしまうのだろう。年上の威厳も何もあったものじゃない。轟がこんな自分を好きだと言ってくれるのか、全く理解できなかった。自分を卑下する言葉を吐いているうちに、なんとも情けない気持ちになった。轟が此方を見るが、情けない表情を見られたくなくて、またすぐに俯いてしまう。視界には、知らず知らずのうちに膝の上で握り締めていた手だけが写っていた。だが、そこに轟の大きな手の平が名前の拳に重なるようにして入り込んできた。名前は思わず顔を上げて轟を見た。
「なぁ、先生。俺は他の誰でもない、あんたが良いんだ。」
轟は、名前が今までに見た事の無い程穏やかな表情をたたえていた。その優しい声と表情に、名前の目から涙が一筋ぽろりと溢れた。轟はそんな名前を抱き寄せ、ふわりとその腕の中に包み込んだ。
「そうやって自分の事を蔑ろにしてるあんたを、俺の腕の中でどろどろに甘やかしてやりてェんだ」
その言葉に、全部、許された気がした。ここまで言ってくれる彼に、甘えても良いのかもしれないと、そう思った。ゆるゆると控えめに背中に回された腕に、轟の抱きしめる力が強くなる。
「・・・私も、ずっと、好きだったよ。」
名前は、はじめて轟に本心を打ち明けた。いつからそう思っていたのかは分からない。気付いた時から、その気持ちに蓋をしていたからだ。だが、最近ヒーローとして華々しい活躍を見せる轟をニュースで見る度に、蓋をしていたその気持ちがどんどん溢れ出てきた。しかし今となっては、所詮一般人が有名人に抱く恋慕など、叶うはずもない思いだ。昨日友人に過去の話をしたのも、その気持ちに整理をつける為だった。他人に話して、過去の事にしてしまうつもりだった。
だが、轟の方からこうも求められてしまっては、お手上げだった。名前の迷いも決意も、全て壊して轟は踏み込んできた。それに抗う術は、名前には持ち合わせていなかったのだ。温かい人肌に触れて、心臓はバクバクと慌ただしかったが、とても心地よかった。目を閉じれば思わずまどろんでしまいそうだった。だが、その心地よさも長くは続かず、しばらくすると轟の方から不意に身体を離された。どうしてか分からずに不安そうな顔をする名前に、轟はばつの悪そうな顔をした。
「・・・悪い。これ以上触れてると、止まれそうにない。」
いくら経験のない名前でも、轟が何を言いたいか理解は出来た。同時に、自分にそういう気持ちを抱いて貰える嬉しさと気恥ずかしさが溢れてしまい、何も言い返す事は出来なかった。ただお互いに照れながら、気まずい空気が流れたが、ふと名前が昨日帰ってきたままの格好である事に気が付いた。
「えっと、私とりあえずシャワー浴びて着替えたいなと思うんだけど、轟くんはどうする?」
名前はベットから降りて、今更ながら乱れた髪や服装を整える。クローゼットを開きながら、轟に今日の予定を聞いた。
「俺も今日は休みだ。よっぽどのことがない限り出動要請も無いと思う。」
轟は鞄に入れていたスマホに目を通しながら名前に答えた。その様子を盗み見ていた名前は、轟が自分の部屋にいるという現実が今だに信じられず、知らず知らずの内にまじまじと見てしまった。スマホのチェックを済ませた轟が顔を上げ、名前と目が合う。
「だから、良ければ今日は一緒に過ごしたい」
出来たばかりの恋人に、そんな風にお願いされて断れる人間がいるなら見てみたい、と名前は思った。