まぶたに透ける青と永遠 10

飯田が席順に並びスムーズにバスに乗り込めるよう仕切っていたが、いざ乗ってみると、前の席が対面式になっているタイプだった。後方はなんとなく席順で固まったが、飯田は落ち込んでいた。逹紀は席順通り爆豪の隣だった。
バスが発進し、前半では"個性"の話になっていた。ちょくちょく爆豪がいじられて、前に乗り出す形で怒鳴ったりしていた。ツッコミの才能あるんじゃないかと逹紀はどうでもいい事を考えていると、話題が自分の方に飛んできた。

「派手さで言ったら地井の変化型の"個性"も強いよなー」
「それ思うー!逹紀が始めて変化した時かっこいー!って思ったもん!」

切島と芦戸が興奮したように発言し、緑谷も続く。

「うん。機動力も索敵力もあって万能型だと思う。実技試験1位ってのも頷けるよね。」
「ちょ、ちょっと待って!なんか褒められてばっかりだけど、課題も沢山あるし、私としてはまだまだって感じだよ」

自分の"個性"がそこまで皆に印象強く残っているとは意外だった。戦闘訓練では爆豪にボロボロにされたし、逹紀としては先日の食堂の件もあり、不甲斐ないと思っていたからだ。そうやって否定すると、上鳴が反応した。

「そんで意識も向上心も高いって、やっぱ持つべくして持ったって感じだよなー」
「地井!俺もまだまだ頑張るぜ!」

上鳴の言葉に切島が素直に反応し、やる気に満ち溢れた表情で拳を突き合わせた。逹紀としては、釈然としなかったが、相澤のもう着くぞという声で、会話は中断された。



バスから降りると、まるでテーマパークのような演習場で、思わず誰かがUSJみたいだと叫ぶ。先に着いていたスペースヒーロー「13号」により、ここがウソの災害や事故ルーム、略してUSJということが判明した。訓練に入る前に13号からいくつか小言があるようだ。簡単に人を殺せるような"個性"を、人を救けるために使うのがヒーローだと、13号は生徒に念を押した。有り難い話を聞き、飯田や麗日は感動していた。他の生徒も態度には表さないが、心に響くものがあったに違いない。
13号の話を少し離れたところで黙って聞いていた相澤が、訓練を始めようとした時だった。

「一かたまりになって動くな!!」

相澤が生徒に向かって言い放つ。逹紀も、何か得体の知れないものを感じていた。ぞわりと背筋を伝った悪寒に、思わずグルルル・・・と喉が鳴る。沢山の"悪意の匂い"に、本能的に体が敵を威嚇してしまう。逹紀の異様な様子に、近くにいた耳郎と爆豪が驚いたように逹紀を見るが、逹紀はその視線に気がつく事はなく、訓練場の中央から目を逸らさなかった。

「動くな!あれは・・・敵だ!!!」

相澤はゴーグルを嵌め、生徒を庇うように立つ。逹紀はチーターに変化し、より一層低く唸り続ける。尋常じゃない逹紀の様子に、耳郎がたじろいだが、逹紀は真っ直ぐに脳が剥き出しの大男を睨み付けていた。あいつが一番"嫌な感じ"がする。それはいわゆる「野生の勘」だった。なにか、底知れない気持ち悪さを感じた。

相澤が生徒と13号に指示を出す。逹紀は立ち尽くす生徒の足の間をするすると縫って相澤の元へ向かう。動き出した逹紀に気付いたのは、近くに居た耳郎と爆豪だけだった。

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。」

「先生」


いきなり相澤の足元に現れた逹紀に生徒と13号は驚いた。さっきまで後方にいたはずだ、と。相澤はゴーグルを嵌めたまま逹紀を見やる。逹紀は敵から目を逸らさずに相澤に告げる。

「地井も、13号と避難だ。」
「先生、あの脳が剥き出しの大男。"アレ"、ヤバいです。凄く嫌な感じ。」

そう告げると逹紀はまた低く唸る。直接対峙していないのに、どこからともなく感じる気持ち悪さは、あれに近付くなと動物の本能が告げていた。こんなのは初めてだった。逹紀のそんな様子を見て、相澤は何か感じる事があったのか、一瞬だけじっと逹紀を見て、肩のあたりをポンポンと撫でる。まるで落ち着けと言われているようだった。

「わかった。ありがとな。」

その声がいやにハッキリと聞こえて、逹紀は相澤を見る。ゴーグルで何処を見ているか分からなかったが、それでも逹紀を安心させた。相澤は「13号!任せたぞ」と言って敵へ向かっていった。そして、"個性"を使用してくる敵はもちろん、単純な近接戦闘でも捕縛武器を使いながらどんどん敵を倒して行く。緑谷がその動きを分析しながら感嘆する。

「すごい・・・!多対一こそ先生の得意分野だったんだ」
「分析してる場合じゃない!早く避難を!地井くんも!」


「させませんよ」


飯田に急かされ出入口の方へ向かおうとした時、黒いモヤの敵が出入り口を塞ぐように現れた。

「初めまして。我々は敵連合。せんえつながら・・・この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのはーー


平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

オールマイトを、殺す。そう脳が判断した時、逹紀はその敵に向かって襲い掛かっていた。力一杯地面を蹴り、生徒の頭上を超えて喉元を狙う。

ガキン!!

牙は硬いものを捉えた感覚はあった。だがモヤが反撃してくる気配を感じたので、すぐに避ける。

「危ない・・・血の気盛んですね。まぁいいでしょう。私の役目はこれ」

すぐさま続けざまに爆豪と切島が飛び出し、攻撃する。モヤの部分を攻撃したようだが、敵には効いていないようで、先程と同じような声のトーンで「危ない危ない・・・」とモヤを揺らめかせた。

「ダメだ!どきなさい!三人とも!」

13号が叫ぶが、敵の方が先手を打つ。敵の身体部分を漂っていたモヤが一気に広がり、生徒を取り囲む。逹紀も黒いモヤに包まれ、足が浮く。次に着地した所はビルの中だった。雄英の演習場よりも埃っぽく、瓦礫の砂塵も舞っていた。だが、知らない匂いが無数にあるのは分かった。おそらく待ち伏せしていた敵だろう。チラリとガラスの割れた窓を見ると、今逹紀がいるビル以外にもいくつも倒壊しかけたビルが並んでいた。どうやらUSJ内からは離されていないようだ。ふと、近くのフロアに見知った匂いともうひとつ匂いが香った。逹紀は姿勢を低くしてそちらへ向かう。すでに戦闘が始まっているようで、爆発音や何か弾く音が聞こえた。だが、目当てのフロアに着く前に待ち伏せていた別の敵と鉢合わせてしまい、逹紀も戦闘に入らざるを得なかった。



逹紀のフロアにいた最後の敵を気絶させる。動き回ったせいで飛ばされてきた時より埃が舞って鼻がききにくかったが、隣のフロアにまだ2人はいるようだ。あと、知らない匂いももうひとつ。逹紀は姿勢を低くしてそちらに向かうと、爆豪と切島が何か話し込んでいた。だが、その2人の背後から忍び寄る気配があった。逹紀は武器を持って爆豪に襲い掛かる敵に一直線に飛び掛った。

「!?地井!」

切島が叫ぶ。逹紀はカメレオンのような敵の喉元を咥え、武器を持った右手を足で押さえる。床にそのまま引き倒し、武器を捨てるよう促す。

「武器を捨てて。でないとこのまま首元締められてじわじわ窒息死する事になるよ」
「ヒッ・・・!!」

敵は観念したようで、持っていたナイフを手放す。カランと敵が武器を捨てたのを見やり、逹紀は首元から口を放す。するとすぐさま敵の顔面を爆豪が爆破させた。

「クソッ、猫女。余計な事しやがって・・・!」

そう言って睨まれた。爆豪は自分の背後から襲いかかる敵に気付いていたようだ。余計なお世話だったと、舌打ちをされた。切島が慌てて爆豪に食ってかかる。

「爆豪!なにも爆破すること無かっただろ!」
「いや、武器を捨てさせただけだったから、何かしら意識を失わせるのが一番有効だった。助かったよ。」

捕縛しておこうにも道具がないし、そのままにしておくのは以ての外だった。爆豪くんは正しいよ。という逹紀の言葉に、爆豪はフンと息を吐いた。



爆豪と切島、そして逹紀はワープゲートの"個性"の敵を確保するため、ビルの階段を降りていく。

「あとモヤの敵やるつもりなら、弱点に心当たりがあるよ。」

モヤの対策がある、とさっき爆豪は言っていたが、逹紀にもピンと来ているものがあった。逹紀が攻撃した時の事だ。

「爆豪くんや切島くんが攻撃した時は、効かなかったんだよね?私が首元を狙った時、手応えはあったんだよね。その後すぐに反撃されたし。もし物理が無効なら、私を引き剥がそうとする行動が無駄だもん。」
「確かに、俺らん時は反撃してこなかったもんな。地井の時は弱点に近かったから、すぐに反撃してしまった、って事かもな。」

切島が納得したように付け加えた。爆豪は言葉を返す事はしなかったが、先頭を歩きながら逹紀たちの言葉を反芻しているようだった。その後は特に話はせず、黙々と階段を降りていき、外に出て周りを見渡す。やっと鼻がきくようになった、と逹紀は外の空気を吸う。と、明らかに逹紀の表情が一変した。

「・・・血の匂いがする。」

逹紀の言葉を聞いて爆豪と切島は驚いた顔をする。敵の血の匂いならば、逹紀がここまで動揺する理由はない。ならばーー


「先生・・・!」

逹紀は勢いよく地面を蹴り、走り出す。爆豪と切島も続くが、50m1秒台の逹紀に追いつける筈はなく、砂埃を残して逹紀はすぐに見えなくなった。逹紀が走り去った方向はセントラル広場の方向だった。