まぶたに透ける青と永遠 09
翌日。いつものように登校すると、雄英の門が報道陣に囲まれていた。登校する生徒に、オールマイトについてインタビューしているようだ。なんとなく嫌だなあと立ち止まっていると、後ろから「どけ、猫女」と言う声がした。振り向くと、相変わらず眉間のしわが凄い事になっている爆豪がいた。道は広いのに、何故わざわざ逹紀のいる所を通らなくてはならないのだろうか。昨日の階段での事といい、自分のルールがあるのかな、と逹紀は横にずれた。「おはよう。爆豪くん。」
舌打ち。そして「うるせェ」の一言。普通の女子なら間違いなくビクビクしてしまうような爆豪の態度だが、逹紀はあまり気にしていなかった。中学時代の男子が取っていた態度と似たようなものだと思ったからだ。無視されないだけマシだ。行き先は同じなので、横に並んで歩く。
「並ぶんじゃねぇ。後ろ歩けや。」
「え?だって行き先同じでしょ?」
逹紀はキョトンとした。あの報道陣も煩わしいので、爆豪に便乗しようと思ったのだ。爆豪なら気にせず突き進みそうだ。「そういうことじゃねェ!!」と怒鳴られたが、逹紀は予想済みだったようで、素早く耳を押さえた。ずんずん歩いて行く爆豪の後ろをついて行くと、やはり立ち塞がる報道陣など気にも止めずに突き進んでいく。インタビュアーは前を歩く爆豪にマイクを向けていたので、逹紀は縮こまって話し掛けられないようにこそこそ付いていった。おかげですんなり門を通る事ができた。
「猫女・・・てめェ、俺を囮にしやがったな・・・」
上履きに履き替えていると、爆豪が凄い形相で睨んできた。結果的にはそういう事になってしまったのだが。「そういうつもりは無いけど・・・」と言うが、爆豪は聞く耳を持たず、掌を軽く爆破させた。こんな所で"個性"を使うつもりかと、ぎょっとしたが、タイミング良く相澤が現れた。
「コラ、爆豪。こんな所で"個性"使うな。しかも女子相手に。除籍にするぞ。」
除籍という言葉に、爆豪は流石に手を収めた。盛大な舌打ちをして、イライラした足取りで教室に向かっていった。男の子相手にコミュニーケーション取るのは難しいなぁと逹紀が考えていると、頭にポンと手が置かれた。
「地井も、昨日の今日なんだからあんまり爆豪を刺激するな。」
相澤にそう言われても、逹紀は自分のどの行動が爆豪の気に触るのか分からなかった。顔に出ていたのか、相澤はふぅとひと息吐いて、「まぁ、とにかく教室行け。もうすぐ予鈴鳴るぞ」と言って頭から手を離した。校門に向かう相澤を横目に、言われた通り逹紀も教室に向かう事にした。
HRになり、学級委員長を決める事になった。普通科なら学級委員なんていう面倒くさい役職は敬遠されがちだが、ここヒーロー科では、集団を導くトップヒーローの素地を鍛えられるとされ、大人気だ。逹紀も例に漏れず立候補したが、投票の結果緑谷に決定した。
その日のお昼。いつものように耳郎と葉隠と一緒に大食堂へ向かう。受付で注文し、トレーを受け取り席を探していると、切島の声がした。
「おーい、地井ー!」
切島と上鳴の隣の席が空いていたようで、お邪魔する事にした。雑談しながら昼食を取っていると、いきなり大音量でサイレンのような音が鳴った。その音量に逹紀は耳を押さえ、思わずうずくまる。校内放送が流れ、セキュリティ3が突破されたという事、生徒は速やかに屋外に避難するよう指示があった。生徒はパニックになり、一つしかない食堂の出入り口に一斉に人の波が出来る。逹紀達もその流れに巻き込まれてしまう。隣にいた耳郎の手を思わず取ろうとしたが、人の波が凄くてはぐれてしまった。人が密集し過ぎて何が何だかわからなくなってしまっている。
「皆さんストップ!ゆっくり!ゆっくり!」
近くで切島の声が聞こえる。見ると、何とか人の流れに逆らってみんなを落ち着かせようとしているが、誰も聞く耳を持たない。後ろからどんどん押されて、なす術なく流されて行く。相変わらず警報は鳴り続けているし、大音量すぎて頭が痛くなって来た。またくらりとしそうになったが、ふと覚えのある甘い香りがしたと思ったら、誰かの背中に思いっ切り顔をぶつけてしまった。後ろからは人の波が絶えず体当たりしてくるし、身動きが取れず、後ろから抱きつくような形になってしまった。でも、この香りは・・・
「ば、爆豪くん・・・」
「あァ!?」
後ろを振り返る顔は、朝よりも機嫌が悪そうだった。そりゃそうだ。こんな状況誰だって気分の良いものではない。爆豪はこの人混みの中なのに、流される事なく立っている。頬に当たる背中も、制服越しでも鍛えられて引き締まっているとわかる。鳴り続ける警報の音量と、人混みの中での不特定多数の匂いで、完全に逹紀は酔っていた。登校時の電車ではマスクをして凌いでいるが、今はマスクを持っていなかった。顔色が悪い逹紀を見て、爆豪は朝のように怒鳴ったりしなかった。
「ほんとごめん、爆豪くん・・・」
「うるせぇ、黙ってろ。」
口は悪いが、寄り掛かかる逹紀を好きにさせていた。耳を押さえ、鼻もなるべく爆豪の背中に押し付ける。あの甘い香りと爆豪の匂いがして、気持ち悪さが軽減する気がした。
そのうち、飯田が出入り口の上に飛んできて、マスコミが押し寄せただけと分かり、人の波は収まった。流れが無くなっただけでまだ人口密度は高いままだ。警報もまだ鳴っているので、逹紀は気が気ではなかった。人波が過ぎても爆豪は逹紀を引き剥がしたりせず、舌打ちだけに留めていた。
警報が収まる頃には、人混みもだいぶ空いてきて、ゆっくりと動き出していたので、逹紀はやっと顔を上げることができた。
「・・・ありがとう、爆豪くん・・・ご迷惑おかけしました。」
爆豪は逹紀からのお礼を聞き、チラリと逹紀に目をやったがすぐにそらされ、スタスタと歩いていってしまった。朝の何を言っても噛み付いてくる態度とは一変して大人しい爆豪に、逹紀は不思議に思ったが、気まぐれだとしても非常に助かった。後ろから耳郎と葉隠の声がして、逹紀はそっちに向かった。校内に侵入したマスコミは警察によって撤退した。その後、食堂での活躍により、飯田が新しく委員長となり、他の委員決めが行われた。
数日後ーー午後の授業のチャイムが鳴り、相澤が教室に入ってくる。今日のヒーロー基礎学は教師3名体制で人命救助訓練を行うようだ。コスチュームの着用は個人の自由となったが、ほとんどの生徒がコスチュームを着用していた。逹紀も例に漏れずコスチューム着用していたが、入試の時の心操の事もあり、ジャージの上着を羽織っていた。それを見た峰田が絶望的な顔をしていた。
「なんでだ・・・!なんでだ地井!ジャージ着るなんて、コスチュームへの冒涜だぞ・・・!?」
「(冒涜・・・?)いや、だって露出多いと見苦しくない?」
「ンなわけあるかぁ!!八百万を見習え!」
八百万と比べられても困る。女の目から見てもスタイル良く、肉つきも良い。締まるところは締まり、出るところは出る。高校1年生とは思えない程の発育だった。それに比べて逹紀は、身長も女子の平均より高いが八百万よりは低い。体を鍛えているため、他の女子より全体的に引き締まっている。チーターに変化した際邪魔にならないよう、無駄な肉は付かないよう絞っているのだ。逹紀からしたら麗日の方がよっぽど女子らしい体つきだと思った。まだ何か言おうとする峰田に、イヤホンジャックが制裁を加えた。耳郎だ。
悲鳴をあげてうずくまる峰田をよそに、耳郎が「自業自得だ」と吐き捨てた。
「逹紀、峰田のそれ、セクハラだから気にしなくて良いよ」
「セクハラ・・・!」
全く思いもよらない言葉が出てきた。まさか自分がセクハラを受ける日が来ようとは、という顔で驚く逹紀。耳郎は、八百万と違う意味で世間知らずだ・・・と溜息をついた。