強さ正しさの模倣 01
敵連合による雄英襲撃から2日後。逹紀は眠い目をこすりながらいつもの通学路を歩いていた。昨日、自宅で目が覚めてオールマイトに慌てて電話をしたら、保健室で寝てしまった後、何をしても起きなかったので車で送ってくれたらしい。申し訳なさでいっぱいだったので謝ると、オールマイトは電話の向こうで笑いながら言った。
「それくらいはさせてくれよ。・・・一応、君の保護者なんだし。」
照れ臭そうに付け足された後半の言葉に、逹紀はじんわりと心が満たされるような気がした。
思い出して緩みそうになる顔を、マスクで隠して駅への階段を降りる。逹紀の家からの最寄り駅は人がまばらで、朝の時間でも運が良ければ座る事が出来る。今日はいつもより少しだけ遅いので、座る事は出来なかった。乗り換えの駅を降りて、雄英直通の路線のホームへと向かう。やはりいつもより人が多い。逹紀が階段を降り終わった所で、見覚えのある匂いがした。思わず後ろを振り返ると、思った通り人物がいた。向こうも向けられた視線に気付いたようで、眉間のシワをひとつ増やして逹紀に視線をよこした。
「おはよ、爆豪くん。同じ路線だったんだね」
「あ?猫女かよ。」
逹紀はマスクをしているので顔が半分隠れていたが、近くまで来ると分かったようだ。爆豪はそのまま逹紀の後ろに並ぶ。逹紀はそれが意外だった。反応だけして別の列に並ぶと思ったからだ。爆豪はイヤホンで音楽を聴いていたので、逹紀はそれ以上話しかけることはしなかった。電車はすぐに来て、人が降りると雪崩れるように人が乗っていく。逹紀は思わずたたらを踏んでしまい、人の波に流されて電車に乗った。
電車の中は満員で、身動きもほとんど取れなかった。ここまでの満員は初めてだったので、逹紀はビクビクしながら吊り革のポールにつかまっていた。とにかく尻尾を踏まれないよう確保しよう、と尻尾を動かしてみるも、何かに引っかかってしまい、引き寄せる事が出来なかった。何度か試してみると、後ろから「おい、猫女・・・」と地を這うような声が聞こえた。マスクをしているので匂いは分からなかったが、声で爆豪だとわかった。
「てめェの尻尾、どうにかしろ」
どうやら引っかかっていたのは爆豪の足だったようだ。逹紀は慌てて爆豪の足に絡みついていた尻尾を動かすのをやめる。逹紀は爆豪に背を向けている為、どんな顔をしているのか分からなかったが、十中八九イライラされていると背中で感じ取った。いくつか駅を過ぎ、雄英の最寄り駅に着いた。ドアが開き、逹紀も降りようとしたのだが、背中に背負ったリュックが人と人との間に挟まって一瞬出遅れてしまった。
「っすいません!降ります!」
慌てて降りようとするが、乗ってくる人の波が来てしまって、タイミングを見失ってしまった。なんとか腕だけ降り口の隙間に滑り込ませたが、どんどん人が入って来る。だが、いきなり外からその腕を掴まれ、強引に外に引っ張り出された。
「・・・ッ何しとんだてめェは!」
助けてくれたのは、爆豪だった。強引に引っ張り出されたせいで勢い良く爆豪の胸に突っ込んでしまい、強かに鼻を打つ。と、同時にマスク越しからでも分かる程近くに爆豪の匂いがして、思わず顔に熱が集まる。知らず知らずのうちに尻尾もピン!と立って固まってしまう。だが、爆豪はそんな逹紀を御構い無しに、腕を掴んだままどんどん駅のホーム内を進んで行き、改札へと向かう。改札を出た所でやっと腕を解放された。
「ば、爆豪くん、ありがと・・・」
「・・・これで貸しひとつ返したからな。」
爆豪は逹紀から目線をそらしながらぶっきらぼうにそう言い、フンと鼻を鳴らして歩いて行ってしまった。"貸し"とは何のことだか逹紀は皆目見当も付かなかったが、深く考える前に丁度改札から出て来た麗日に声をかけられ、思考は頭の端に追いやられた。
HR開始ギリギリに教室に着き、急いで自分の席に着く。後ろの席の耳郎の「ギリギリなん珍しいね」という言葉に曖昧に笑って返しておく。隣の席の爆豪はなんだか気恥ずかしくて見れなかった。全員が着席した所で、何故か委員長の飯田が前に出て来て、朝のHRが始まるので席に着くよう促す。だが飯田以外全員着席しているので、瀬呂が「ついてるよ。ついてねーのおめーだけだ」と突っ込んだ。完全に空回っている。
飯田がおずおずと席に着いた所で、ドアから全身包帯でグルグル巻きの相澤が入って来た。あまりの復帰の早さに、生徒の何人かが驚愕の声を上げる。相澤はそれに反応を返すこと無く、ふらふらとした足取りで教壇に立つ。逹紀を始め、何人かの生徒は復帰して大丈夫なのかと心配したが、相澤は自分の安否より、戦いはまだ終わっていないと言う。それを聞き、生徒は身構えたり怯えたりと反応は様々だ。
「雄英体育祭が迫ってる!!」
「クソ学校っぽいの来たあああ!!!」
生徒達はホッとして各々喜びを露わにした。ヒーローを目指す上で、絶対に逃してはいけないビックイベントだった。逹紀も、あるヒーロー事務所に興味があるので、そこからスカウトを貰う為、体育祭では絶対に上位に入りたい。他の生徒もまた、それぞれが静かに気合を入れた。
その日の放課後。
1-Aには多くの他クラスの生徒が集まっていた。前後のドアを塞ぐように人だかりが出来ていて、そう簡単に教室から出られそうになかった。麗日が思わず「何ごとだあ!?」と叫ぶ。逹紀の耳には、教室の外に集まっている生徒の話し声が断片的に聞こえて来ていた。敵、襲撃、USJ・・・など、先日のUSJでの敵襲撃の件で集まっているようだった。
しばらく帰れそうにないな、と逹紀は自分の席に座ったまま成り行きを見守る事にした。すると隣の席の爆豪が席を立ち、前方のドアへと向かい、集まっている生徒を挑発するように言葉を投げかける。実に爆豪らしい大胆不敵な物言いだ。
「意味ねェからどけ、モブ共」
極め付けはこれである。爆豪の後ろで緑谷と飯田がアワアワしている。すると、人だかりの中から1人の男子生徒がズイと出て来た。その聞き覚えのある声に、逹紀の耳がピクリと動く。その人物が爆豪と対峙し、爆豪を煽るような言い方をするが、爆豪は黙って聞いていた。逹紀の席からも彼の姿が見て取れた。あの特徴的な目の下の隈とフワフワの紫色の頭髪は、入試の時に逹紀が助けた心操だった。思わず逹紀はガタリと立ち上がる。後ろの席の耳郎が「どしたの?」と聞いてくるが、逹紀は反応出来なかった。ヒーロー科の入試には落ちたものの、普通科に合格していたようだ。立ち上がった逹紀に、心操は特に驚く様子も無く視線を向けたが、すぐにフイと逸らして再び爆豪に視線を戻して言い放った。
「調子のってっと、足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつーー宣戦布告しに来たつもり」
そう締めくくり、爆豪に対して一歩も引かない心操。入試の時とは受ける印象が違い、逹紀は少し戸惑う。心操に続き、B組の生徒も爆豪に食ってかかっていた。同じヒーロー科からも反感を買う形になった爆豪に、緑谷達はどうするのかと視線を送るが、爆豪は何も反応せずに人混みをかき分けて帰ろうとした。それに切島が物申すが、爆豪は上に上がれば関係ないと、シンプルな答えを返す。勝ちに行くのに他人からの評判など必要ないという姿勢だ。A組の生徒の多くはそれに納得していた。
爆豪が教室の外に出たところで、少し人だかりがまばらになった。それを見計らって、逹紀は比較的人の少ない後ろのドアから教室の外に出た。今からでも追いつけるだろうか、と匂いを頼りに彼を探し始めた。