強さ正しさの模倣 02
「心操くん!」前を歩く背中に逹紀は声を掛ける。心操がそれに気付き、こちらに振り返る。無視されなかった事に逹紀はホッとした。放課後の夕暮れ時。ふわふわの紫色の髪の毛が夕日を浴びて橙色に光っているのが眩しくて、少し目を細める。下校時間が間近に迫った廊下には心操と逹紀しか居なかった。
「・・・地井さん、」
覚えられているか不安だったが、心操ははっきりと名前を呼んだ。心操が足を止めたので、逹紀は心操の隣に並ぶ。こうして横に並ぶと思ったより身長差がある。だが、A組の男子よりは体の線が細い印象を受けた。
「雄英、受かってたんだね。」
「・・・ヒーロー科じゃないけどな。」
逹紀の明るい声とは反対に、暗い声色で、一度合わさった視線が再びそらされる。入試の時に感じた卑屈さが、また顔を出した。それだけ彼の心に宿るものは頑なだったようだ。
「でも、ヒーロー科に編入するんでしょ?」
視線の先に身を乗り出すように、逹紀は心操の顔を覗き込む。心操は眉間にシワを寄せて、またあの辛そうな顔を見せた。
「あんたはいいよな、"ヒーロー向きの個性"で。俺の"敵向けの個性"とは大違いだよ。」
心操の"個性"が何なのか逹紀は知らなかったが、入試で使った様子は無かったので、自己を強化・変化させたり物質に作用するようなものではないことは確かだった。対人間にしか使えない"個性"なのかもしれない。ここでそれを聞くのは些か気が引けた。だから、逹紀は自分の事を話す事にした。
「私ね、両親がヒーローだったんだ。」
心操が逹紀を見て、やっぱりな、とでも言うように諦めの表情を浮かべた。そんな心操を見て、逹紀は苦笑いする。
「でも、殺された。」
心操は息を呑み、驚いたように逹紀の方を向く。逹紀は心操と話しているのに、何処か遠くを見るような目をしていた。その顔は何処か達観していて、とても15歳の少女のそれとは思えなかった。
「それから何度も考えたよ。自分が本当にヒーローになりたいのか、って。親がヒーローだからってだけで、目指して良い道じゃないって気付いたんだ。」
心操には全く想像が出来ないものだった。心操が黙って聞いているのを隣で感じながら、逹紀は続ける。ふ、と一度目を伏せてから心操に視線を合わせる。
「でも、支えてくれた人も居た。その人の強さと正しさが、私を救ってくれたんだ。その人に私が救われたように、私も困ってる人を救いたい。」
入試の時に逹紀から聞いた人と、同一人物だと感じ取った。自分の夢を語る逹紀の青い瞳には、仄暗い色は宿っていない。ただ、純然たる決意しかそこには無かった。心操にはそれが酷く眩しかった。
「私は、両親を殺した敵を許せない。ヒーローになって、絶対そいつを捕まえてやる。」
逹紀は心操から視線を外し、自分の拳を見つめる。両親の仇、だけでは言い表せられない想いが、逹紀の中にはあるような気がした。綯い交ぜになったそれらが、陰も陽も混ぜこぜになって逹紀の心に住み着いていた。
「その為に、強くならなきゃいけない。こんな"個性"を持っていても、女だから筋肉も体力も付きにくいし、力も男の子に負けちゃう。でも、それを嘆くより、もっともっと頑張らなきゃって思ってる。」
拳を握ったまま、逹紀はまっすぐな瞳で心操を見た。逹紀に視線を合わせられた途端、心臓が今まで休んでいたのかと思うくらい、早鐘を打ち始めた。途端に、心操は自分の事が恥ずかしくなった。"個性"だけでは雄英に受かることはできない。それ以上に、逹紀自身の身体能力の高さがあってこその結果だった。その結果は、トレーニングを欠かさずに行ってきたからこそだった。自分が卑屈になって動けずにいる間、彼女は自らの負の部分を乗り越えて、己を鍛えていたのだ。
俯いてそんな自分を恥じていると、逹紀がパッと明るい表情で心操の前に身を乗り出した。照れ臭そうにはにかむ逹紀は、先程とは打って変わって、年相応の顔をしていた。
「こんなに自分の事話したの、心操くんが初めてだよ。」
「・・・あんた、それ無意識か」
心操の呟きに、逹紀は不思議そうに首をかしげる。その動作に、心操はハァとため息をひとつついた。こんなにも容易く人の懐に入り込んでくるのは、無防備とも思えた。逹紀は入試の時も、異性である心操に躊躇なく肌を触れあわせてきた前科もある。無知からくるものなのか、それともわざとなのか心操には判断しかねたが、どうやら逹紀の様子からして前者らしい。心操は意識されていない事を少し悔しく思ったので、勝負に出てみる事にした。
「俺も一応、"男の子"だぞ。」
そう言って、近くに来ていた逹紀の手首を掴む。逹紀は驚きはしたものの、その手を振り払う事はしなかった。心操の言葉の意図が分からないようで、「・・・?そうだね。」と答えた。ここで自分の"個性"を使ってしまえばーーと心操は一瞬考えたが、やめた。体育祭前に自分の手の内を見せてしまうのは得策では無いし、何より"個性"を使ってしまったら負けだと思ったからだ。それで言いなりにしても何も得るものは無い。
心操は掴んだ手を更に自分の方に引き寄せて、逹紀の肩を掴む。そうすると、抱き締める形になる。そこでようやく逹紀が少し身動ぎをする。
「・・・心操、くん?」
自分の腕の中でくぐもった声を出した逹紀は、照れているというより、何故心操がこんな事をするのか分からないという様子だった。心操はそう理解し、パッと逹紀を解放した。そして自分から逹紀と距離を取り、両手を胸の高さで掲げる。もう何もするつもりはないという意思表示だった。
「ま、とにかく体育祭では容赦しない。俺だって本気でヒーロー科に勝ちに行くから。」
心操は、改めて逹紀にも宣戦布告をした。負けっぱなしは気にくわないのは確かだったからだ。それに、逹紀は絶対に勝ち上がってくると確信があった。なんせヒーロー科の入試1位だ。淡々とした口調でそう告げた心操に、逹紀はニヤリと笑顔を浮かべる。
「望むところだよ。」
入試の時には見る事の無かった逹紀の好戦的な一面に、心操は自分の中で何かが弾けたような錯覚を受けた。それが何だか理解はしたが、認める事はしたくなかった。その想いを胸の奥にしまって、心操は逹紀の横を通り過ぎる。
「待ってるから。」
すれ違いざまにそう囁かれ、驚きと同時に認めたくない想いが溢れそうになった。だが、彼女の隣に立ってもいない自分では、まだまだだと感情を押し殺す。ここまで言われて、やらない訳にはいかなかった。逹紀に火を付けられた闘争心は、ゆらゆらと心操の中で静かに揺らめいた。
心操が見えなくなるまで逹紀は廊下で立ち止まっていた。あんな風に誰かと近距離で触れ合う事は、どうにも緊張してしまう。顔には出ないが心臓はバクバクと音を立てていた。
ひとつ深呼吸をしてから、逹紀は、自分もそろそろ帰らなくては、と足を踏み出そうとする。しかし後ろから見知った匂いが香ってきた。
「いつまで突っ立ってんだ、猫女。」
この相変わらずの口の悪さは逹紀の知る限り1人しかいなかった。教室で他クラスと一悶着あってからすぐに下校したと思っていたのだが、違ったらしい。驚きと放心の混じったような表情を浮かべる逹紀に、ひとつ舌打ちをして爆豪は続ける。
「廊下のど真ん中で長々と喋りやがって」
盗み聞きとは爆豪も趣味が悪い。顔に出ていたのだろうか、爆豪が更に不機嫌そうに顔をしかめ「こんなとこで話してる方が悪ィだろ」と続けた。確かに、ここは学校の廊下で、人通りも少ない場所ではない。もしかして、他の生徒は逹紀達に気を遣ってこの場所を避けて下校したのだろうか。そうだとしたら申し訳無さすぎる。項垂れる逹紀をチラリと見て、またすぐに視線を逸らした爆豪は、不機嫌な表情のまま逹紀に問い掛けた。
「あの普通科のモブ、知り合いだったんか」
普通科のモブ、とは誰の事か一瞬分からなかったが、すぐに心操だと解った。爆豪にとって知らない人は全員モブなのだ。
「入試の時に会場が一緒だったんだよ」
そう答えると、爆豪は自分から聞いといて「そうかよ、」と素っ気ない返事をした。そこで下校時間のチャイムが鳴ったので、成り行きで一緒に帰る事になった。