うららかな日差しが差し込む中庭。遠くからNRCのキン肉マンこと、アシュトン・バルガスの声が聞こえてくる。声量の調整がバグっているらしい。現在、我々はのっぴきならぬ事情により、授業をさぼってお茶を囲んでいる。

 先ほど大食堂で補給した軽食をトレーにのせ、中庭にまで出てきたのだ。ちなみに、アズール氏には笑顔で昼食をせびられた。ケチくさいでござるよ……。卓を囲んで、右から神様仏様タコ様・アズール氏。摩訶不思議生命体(少女の姿)。そして拙者。この珍妙なメンツは、「イデア・シュラウドに妹ができました事件」により召集されている。何故か? それは拙者も知りたい。心のイデアがゲンドウスタイルで説明を終える。……フヒヒ、はたから見れば我々は完璧な陽キャですな。スニーキング(擬態)モード発動中ゾ。とか、内心思っているんだろうな。と、アズールは熱砂の国から取り寄せた太陽のマ○茶をすすった。


 イデアが自室に戻らないのは、オルトになんと説明したらいいのかわからない。という点もあるが、事象発生の原因が知りたいからだ。さすがに、先生方の観察眼によって、それが暴かれるのではないか。であれば、一刻もはやく最新情報を共有してほしい野次馬精神というか、勤勉な精神故だ。あと、自室に押しかけられても逃げる場所なくなるし。そもそも、自室に入ってきてもほしくないですし。自室で発生したイベントのせいで、自室 = トラウマ ≒ 死 の方程式なんぞ植え付けられたくないですし? とイデアはもごもご思うのだった。



「あなた、実家からわざわざ取り寄せたとか、ばかですか?」
「でもでも、検証してみたくて……! つい。ぴえん。でもほら、アズール氏も気になると思いませぬか!!? 高潔、純潔を体現したユニコーンと、人形の怨念。フヒッ、その相反する2つを混ぜたらどうなるか!!!!」
「それがこの結果でしょうが。はぁ、その勤勉さ加減もほどほどにしてください」
「ハイ、マコトニ返す言葉もアリマセヌ」

 説明しよう! 呪い人形から染み出た件の鉱石とは、イデアが至極個人的に実家から取り寄せた貴重な鉱石だ。曰く、嘆きの島を恐怖の渦に閉じ込めた有名な事件があり。とある人形を捨てても、捨てても次の日にはなぜか手元に戻ってくる。そして所有者を少しづつ弱らせて、死に至らしめてしまう。その元締め人形から採取された、嘆きの島でも大変貴重な鉱石のことだ。クルーウェルに 何・を・ 入れた? とマジトーンで詰め寄られたときを思い返してイデアは震えた。しばらく会いたくない。


 身から出た錆だと指摘されれば、それまでだ。ちょっとの好奇心じゃん、と大きな背中をイデアはさらに丸くする。隣のアズールからは、なんてもったいないことを。僕なら何倍もの利益を見込めたのに。すいとアズールのじとじとした視線を追う。イデアのジャージを着て、フレンチトーストをまふまふと食べる少女の姿。えーっと、てんしさんかな? 元凶であろうと、この場においてイデアの疲弊した心に癒しを施すのは目の前の少女のみだった。つか、元凶は、陽キャA氏ですわ。許すまじ。魂取り出したろか。



 小さな口をいっぱいにして、幸せそうに食べている姿に、イデアはちょっぴり罪悪感を感じて、目をそらす。少し前のこと。それはもう、とびきりの笑顔を張り付けたアズールに見送られて、2人連れ立って大食堂に向かった。ちょこんとイデアの実験着を掴むので、いつもより時間をかけて歩いた。道中、特に話す話題もなく。あちらからもボールは飛んでこなかった。イデアは半歩後ろに目をやる。辺りを興味深そうに大きな目をあちこちに動かしていた。手はしっかりと服の裾を掴むので、寄り道することもなく目的地の入口にたどり着く。

 何を食べる生き物なのか、イデアは見当も付かなかったので、とりあえずショーケースの前に連れて行く。ケースの中で私を食べて、と美味しく見えるように一人でに動いて見物客を誘惑する品々に興味津々のようだ。

「ぁのぅ、ど、っどど、どれに、すぅる?」
「えとね、これ」

 きいろくてキラキラしているから、という理由でフレンチトーストが選ばれました。承った。こくりとイデアは頷いて、自分の分とアズールに頼まれた品の会計を済ます。おばちゃんから出来立てのフレンチトーストを手渡された少女。お皿は自分で運びたいらしい。おばちゃんがこっそりはちみつを垂らしてくれたようだ。見開かれた瞳に、きらきらのエフェクトがリアルでかかってる。すごいなあ、とイデアは思った。選ばれたのは、フレンチトースト×はちみつ でした。

「おにいちゃんと、おめめと、いっしょ」
「ズギュン」

 優勝は、君だ。




 ちなみに、多方面への心労によりイデアは補給品として胃に負担がかからないものを選んだ。ピューレ状に潰されたレンズ豆のスープを掬う。半分も食べ切れていない。口の中に広がる、レモンの爽やかさとオリーブオイルの甘み。あ、おいしい。ほっと心を落ち着けた。

「あれぇ〜? アズールと、ホタルイカ先輩じゃ〜ん。めずらしーね。あはっ、もしかしてさぼり??」
「ヒィッ」

 イデアは口からスープをこぼした。あーあ、悪い子だぁー。ふらふらと中庭にフロイドが現れる。声をかけながら、ずるずると二人掛けのベンチを引きずって卓に混ざった。アズールにとっては日常的なことなのだろう。何も言わずに、ん。と飲み物をフロイドに差し出す。きっとフロイドのすきな飲み物なのだろう。ありがとー、と気の抜けた返事が返ってくる。



「で、なにしてんの。悪だくみ?」

 大きな口を三日月みたいに曲げて笑った。その表情、R指定入りませんか? 怖。とイデアはびびった。え、自分も笑った時あんな顔してる??? 思わずばっと少女を見やれば、それはもう。イデアも同情するくらいに、真っ青になって震えていた。

「ってか、その子だれ?」
「こ、この、こはッ」
「何食べてるの? ねぇねぇ、稚魚ちゃん。ソレ、一口ちょぉーだい?」

 気分屋を炸裂させるフロイドは、ぽいぽいと疑問を口にする。別に返答は求めてない。いつものことだ。近寄ったらダメなタイプの陽キャとして、イデアの中で君臨するフロイドに、立ち向かう手段をイデアは持ち得ていない。震え切った、自分を兄と呼ぶ少女をかばうこともできない。初見冒険者が、死亡フラグ必須の戦闘に突っ込みに行くのと同じだ。ぎゅっと、フロイドと似たギザギザの歯で下唇を噛んだ。


 フロイドはギザギザの歯を見せつけるように、ほら、ここ。と自分の口を指さした。こくこくと少女は頷く。かたかたと震える小さな手で、はちみつのかかったそれを切り分ける。フロイドの大きな口に、きらきらが落ちていく。ガギンッ。フォークに歯が衝突する音が響いた。

「おいしぃーね♡」
「フロイド、からかってやるのはそこまでにしなさい」
「へ〜い」

 アズールがラウンジに行かなかったのは、こういことを予知していたからだ。間違いなく、イデアは話せなくなるし。そもそもラウンジ自体が陽キャオーラ全開のため、踏み入れると消滅するらしい。それに間違いなく、双子のどちらかに遊ばれる。どちらかといえば、この気分屋な方に。HELP、HELPとイデアは涙目で訴えてくる。

「ホタルイカ先輩が拾ってきたの?」
「ハヒィ!」
「ふーん。名前はなんていうの?」
「な、……なま、なめッ」
「名前はまだありませんよ」

 見かねたアズールが助け舟を出す。少女にいくらか興味をもったのだろう。ちゃんとお返事がほしい疑問に対して答えないイデアに、フロイドは目をギンギンにかっぴらいている。あ? こっち、目ェ見て話そうぜ? という圧だ。

「え〜。付けてあげなよ。かわいそうじゃん。ねぇ〜?」
「お前が言うな」
「あはっ、じゃあ、おれがつけてあげよっか? ……とびきりちいさくてぇ、ぷるぷる震えてかわいーから、ウミウシちゃん♡ 今日からウミウシちゃんだよ、よろしくねぇ」

 カチコチになった少女の頭をフロイドはよしよしと撫でる。結局名前があってもなくても、あだ名で呼ぶんかい、と突っ込んだのは心に余裕があるアズールだけだった。気が済んだフロイドは、自分の飲み物とイデアのスープを平らげてから、欠伸をしながら去っていた。


「それで、どうするんですか? フロイドの言っていることも一理ありますよ。彼女を今後どうするのか興味……いえ、わかりませんが、名前はせめて付けてもよいのでは?」
「……」
「イデアさん? 名前を付けたら最後。情が湧くからとか、そういう懸念がおありで?」

 イデアは形の崩れてしまったフレンチトーストを丁寧に切り分けてあげながら、アズールからの問いかけを咀嚼するように考えた。自分なりの答えを出そう。はい、とイデアが持っていたフォークを少女のまだ震える手に持たせる。


「僕は、……エレ、がいいとおもう」


 大きな目がイデアを見上げる。少しばかり顔に生色が戻ってきたようだ。フロイドにくしゃくしゃにされた少女の髪を整えてあげながら、イデアは呟いた。頼りないお兄ちゃんで、ごめんね。


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