10月に入り、今年初めてのホグズミード行きが生徒に知らされました。
学校周辺の警戒処置が厳しくなる中、訪れたこの知らせは生徒達を大いに喜ばせました。私も表情を輝かせます。
そして外出当日になり、あまり天気は良くなかったものの、グリフィンドールカラーのマフラーをして、私はホグズミードの通りを歩いていました。
不意に角を曲がった時に私の隣に現れた人物に、私はもう驚くことを諦めていました。
「………もう。バレちゃっても知らないんですから」
「大丈夫」
私の隣には微笑みを浮かべるリドルくんがスリザリンカラーのフードで顔を隠しつつも、堂々と通りに現れていました。
「今度からホグズミードに来る時は、リドルくんはお留守番しててもらいますね」
「へぇ、いい度胸じゃないか。もしそんなことがあれば、ホグワーツに帰ってきた時に君の寝室がどうなっているか楽しみにしておくんだね」
怖いです。リドルくんなら寝室爆破くらいならしてしまいそうです。
どうやら最初から私に勝ち目はなかったみたいで、私達は雪が酷くなりつつあるホグズミードを並んで探索していました。
「『ホッグズ・ヘッド』にでも行くかい?
寒いだろう、リク」
「…えーっと……」
「ホッグズ・ヘッドなら顔を隠したままでも不自然じゃあない。バレやしないさ。
ほら、行こう。僕も久しぶりにバタービールを飲みたい」
リドルくんはそう言うと、悩みの声をあげる私の手を引いて歩き出します。
と、そこで前の方で数人の人影が何事か揉めている様子が見えました。
その中にハリーの姿も見えて、隣にいたリドルくんは赤い目を蛇のように細めながらじぃと様子を伺っていました。
「何か…、あったんでしょうか」
「さぁ? 別に興味はないね」
リドルくんがそう言い切った瞬間、ハリー達のすぐ前にいたケイティ・ベルちゃんがバッと空中に浮かび上がりました。
咄嗟にリドルくんが守るように私の前に立ちます。ベルちゃんは優雅に両手を伸ばして浮かび上がり、そして両目を見開いて断末魔のような恐ろしい悲鳴を上げました。
私はリドルくんを押しのけるようにしてハリー達に駆け寄ります。ベルちゃんの友達であるリーアンちゃんも一緒に半狂乱の悲鳴をあげています。
みんなでベルちゃんの踝辺りに手を伸ばして、ベルちゃんを下ろそうとしています。
そして突然、ベルちゃんが落下してきて、ぐしゃりと嫌な音を立てました。それでもなお、ベルちゃんの悲鳴は収まりません。
バッと周りを見渡しても他に誰もいません。が、悲鳴を聞きつけてきたのか、近くにいたらしいハグリッドさんが駆けつけてきてくださいました。
「下がっとれ!」
ハグリッドさんはベルちゃんの身体を抱えると、足早にホグワーツ城の方へと向かって行きました。
ハーマイオニーがショックを受けているリーアンちゃんの傍に行き、慰めるように彼女の肩を撫でています。
私達の近くには茶色の紙包みから溢れている豪華なオパールのネックレスが転がっていました。それを見つけたロンがしゃがみこんでネックレスに手を伸ばそうとします。
「死にたくないならやめておいたほうがいい」
ですが、手を伸ばしたロンを、フードで顔を隠したままのリドルくんが幾分乱暴に引っ張っていました。
突然現れたスリザリン寮生に怪訝そうな表情を向けるハリー達。私は不安げにリドルくんを見つめ、彼の傍に駆け寄りました。
リドルくんはそのネックレスが何なのか知っているようでした。リドルくんを見つめると、彼は答えをくれました。
「ボージン・アンド・バークスにある『呪われたネックレス』だ。病院送りにされたくなかったら、紙包み以外には触れないほうがいいだろう」
「…私が学校に持っていきます。マダム・ポンフリーに見せた方がいいでしょうし…」
「………僕は勧めないけどね。絶対に本体には触れるなよ」
リドルくんは厳しい表情のままそう言います。私はこくんと頷いてマフラーを外します。
ネックレスを慎重に包みながら私はハリー達に声をかけました。
「ハーマイオニー達はリーアンちゃんを連れて行ってあげてください」
「待ってよ、リク。
君…、誰?」
顔は見えてはいないでしょうが、怪訝そうなハリーがリドルくんを見つめながらそう問いました。フードを被ったままのリドルくんは、見るからに不機嫌そうなオーラを出していました。
リドルくんはハリーの質問に答えないまま、ネックレスを抱えて両手が塞がっている私のすぐ傍らに寄り添い、私の腰辺りを引き寄せます。
「はぁ。せっかくのリクとのデートが台無しだ」
「不謹慎ですよ。それにデートじゃありませんし」
「まぁ、いいさ。僕は先に戻っているよ。リク、鞄は?」
渡した鞄の中にはフェインやリドルくんの本体とも言える日記、それに私の杖も入っています。リドルくんなら上手く先に寝室に戻ってくれるでしょう。
リドルくんは私の両手の自由が取れないことをいいことに、私の髪をひと房とってフードを被ったままキスをしていきました。その行為が凄く似合うのはリドルくんだからでしょう。
ぷくと頬を膨らます私の横、リドルくんはちらりとハリー達を見てから城の方へと向かって行きました。
残された私は表情を困惑に変えつつ、ハリー達と一緒に城へ向かって歩き出します。ハリーはまだリドルくんを疑っているようでした。
「リク、あれ、誰? 見たことないスリザリン寮生だけど…」
「えっと…、私達の学年の1つ下…、5年生の子なんです」
ヴォルデモートさんの5年生の時の記憶であるリドルくんを、そう紹介します。私は安心させるようにハリー達に微笑みかけました。
「マイペースなところがありますが…、大丈夫です。悪い子ではありませんから。
それに、今は早くベルちゃんのところに行きましょう」
私はそう結論を急ぐと、私達は城の玄関でもある長い階段の辺りまでたどり着きました。階段を上り始めると、連絡を聞いて私達を迎えに来たらしきマクゴナガル先生が駆けてきました。
「ハグリッドが貴方達5人が目撃したと…、今すぐ上の私の部屋に! 詳しい話を聞きます。
Ms.ルーピン、それは?」
「ベルちゃんが触れたものです。あの、私は状況をあまり把握していないので、これを先にマダム・ポンフリーの所へ持って行ってもいいですか?」
マクゴナガル先生は警戒する表情をネックレスへと向けました。マクゴナガル先生はハリー達に視線を向け、次にもう1度私に視線を向けました。
「いえ、これはスネイプ先生の元に持って行っていきなさい。
決して触れないよう、そのままマフラーに包んで行くんですよ!」
「はい、わかりました」
私はマフラーにネックレスを包んだまま、ハリー達から離れ、DADAの教室に向かいます。マフラーをしていない私の頬が寒さで赤く染まっていました。
両手が塞がってしまっている私は一瞬だけ扉を開けるのに困惑しますが、それも一瞬だけでした。いつの間にか私のすぐ傍に現れていたリドルくんが扉を開けてくれたのです。
「リドルく、」
「いいから早くそれをあの教授に渡すんだ」
リドルくんの声は険しいものでした。私達の騒ぎが聞こえたのか、スネイプ先生が奥の部屋から姿を現しました。
スネイプ先生は実体化しているリドルくんを驚きの表情で見てから、私の持っているマフラーに視線を移しました。
「Ms.、それは?」
「『呪われたネックレス』だ。リク、早くそれを置け」
厳しいリドルくんの言葉に従い、私はネックレスを机の上に置きます。リドルくんは不安そうな顔を一瞬したあと、私の両手を包むように取りました。
「ボージン・アンド・バークスにあったものと同種だとするなら洒落にならない。
数ミリでも皮膚に掠ったら数週間は聖マンゴにお世話になるよ」
「何があった?」
スネイプ先生が怪訝そうに私達を見つめます。私はスネイプ先生を見上げながらベルちゃんがこれに触れてしまい、今、医務室で治療を受けている筈だということを知らせました。
「そうか…。我輩は医務室に向かう。
…ネックレスをお任せしてもよろしいでしょうか」
スネイプ先生はリドルくんに敬語でそう言います。リドルくんは底冷えするような表情を一瞬だけ浮かべたあと、頷きました。
急いで教室を出て行くスネイプ先生。私は心配を隠せないまま、ネックレスを見つめます。
リドルくんはいつの間にか私の鞄の中から私の杖を取り出し、杖先で撫でるようにネックレスに向けていました。
ネックレスがゆっくりと浮かび上がります。私は小さく声を零しました。
「………誰が、このネックレスをベルちゃんに…」
「暗殺…それこそ、ダンブルドアやそこらの騎士団員を暗殺するにしては杜撰な計画だな。『アイツ』が考えたものではないだろう。
普通の人間がそう簡単に扱えるような品でもないけれど」
リドルくんが動かしたネックレスは、リドルくんが魔法で呼び出した真っ黒い箱に綺麗に置かれました。
箱の蓋はガラスで出来ていて、ぴったりとネックレスを覆うように被さりました。これで誰も触れることはないでしょう。
私は不安げにそのネックレスを見つめていました。不意に、リドルくんが私の目元を手で覆ってしまいました。暗闇が私を包みます。
「大丈夫。リクは心配しなくてもいい」
リドルくんの猫撫で声のような優しい声が静かに私に降り注ぎました。
リドルくんは最近よくこうして私の視界を覆って暗示のように、優しく声をかけます。
こうされると本当に落ち着く私も居るのですから、本当にリドルくんの存在は大きなものでした。