そして、その後。
ベルちゃんは聖マンゴに入院することとなってしまいましたが、スネイプ先生の応急処置が的確だったためか、順調に回復に向かっているようでした。
そんな中、ホグワーツ内の暗い雰囲気を変えようとするかの如く、スラグホーン先生が12月にクリスマスパーティを開催する趣旨を述べました。
スラグホーン先生はパーティがお好きなようで、自分のお気に入りの生徒だけを誘い、度々夕食会を開催していましたが、今回クリスマスが近いということで特に大きなパーティを開くようでした。
「…私はスラグ・ホラグの人ではありませんし、きっと誰にも誘ってもらえないでしょうから、関係ないんですけれどね!」
「拗ねているのかね」
私はDADAの教室の机の上、むすーと俯せになっていました。
別に拗ねている訳じゃありません。ですが、みなさんがパーティに行っている間、お留守番というのはやっぱり寂しいものです。
呆れた声を出すスネイプ先生に、私は頬を膨らませます。
「女の子は誰でも素敵な男性とパーティを一緒に行くことが憧れなんですよー?」
「なるほど、Ms.には縁のない話だと」
「先生、それは酷いです。凄く心が痛いです」
はっきりと言われてしまった事実に、しょんぼりと肩を落とす私。そうですねー、私には恋愛のお話は全くの無縁ですからねー!
スネイプ先生に淹れて頂いた紅茶を机に置いて、私はむすと頬を膨らませます。
先日あったクィディッチの試合でキーパーとして大活躍したロンは、どうやらブラウンちゃんと付き合うことになったみたいで、ロンは最近、ブラウンちゃんとべったりラブラブ状態でした。
ハーマイオニーとハリーはその様子に霹靂しているらしく、仲違いとまではいきませんが3人で一緒にいるところをあまり見なくなってしまいました。
それにハーマイオニーはきっとロンのことが――。
いずれにせよ、スラグホーン先生のパーティにはハーマイオニーがロンを誘わない限り、ロンが出席することは出来ません。
今の3人の中ではハリーとハーマイオニーでパーティに参加するでしょう。そもそもここずぅっとハリー達とは行動していませんしね、私。
どうあってもクリスマスパーティに参加する手立てがないので、不貞腐れつつ、机に俯せになったまま頬を膨らませしていると、頭の上に何かが乗る感覚。
不思議に思って顔を上げると、ひらりと私の横に封筒が落ちていきました。
私は封筒を拾い上げます。中にはスラグ・ホラグで開かれるパーティの招待状が入っていました。
驚いた私は目を丸くして、紅茶を飲んでいるスネイプ先生を見上げます。先生はつまらなそうに私をちらりと見ただけでした。
「教師全員にもパーティの誘いは来ている。そして、パートナーを呼ぶ事を前提に招待状は2枚入っている」
「! 私を誘ってくれるんですか!?」
「一緒には行かない。だが、その招待状さえあれば会場には入れるだろう」
先生の言葉に私はじぃと招待状を見つめます。私が黙り込むとDADAの教室は静まり返りました。
私は静かに言葉を零します。
「先生は行かないんですか?」
「出席はする。スラグホーンに挨拶したらすぐに自室に帰るが」
「一緒に居ては駄目です?」
小首を傾げてスネイプ先生を見つめますが、答えはわかっていました。
現にスネイプ先生はつまらなそうな表情のまま私が予想していた答えを返します。
「我輩は教師だからな」
「…………むー」
私から溢れたのは不満げな声でした。
パーティには行きたいですけれど…、パートナーなしで女の子1人で居るのはとっても淋しいものです。
招待状を手放すのは惜しいですが、私だけで行っても…。
私は小さく呻き声を上げて、握ったままだった招待状を封筒の中に戻して、すすすとスネイプ先生の方へとお返ししました。スネイプ先生は私の行動を静かに見ていました。
「やっぱりお返しします…。1人で会場にいても淋しいでしょうし…」
「パーティに行きたいのでは?」
「パーティには行きたいですけれど、女の子に重要なのはお隣に素敵な男性がいることなんですよ」
シンデレラはとっても綺麗で、1人で行ったとしても運命的に王子様に会えました。
でも、それはやっぱり、シンデレラが綺麗で可愛い女の子だったからです。
普通なら、1人で壁のお花さんになってしまって淋しい想いをするだけです。
苦笑を零して私はスネイプ先生を見上げます。
「先生もせっかくの招待状を生徒にあげちゃったりしないで、ちゃんとパートナーさんを誘ったほうがいいと思いますよー?」
「本来ならば行きたくもないパーティだ。パートナーがいればその分長引く」
スネイプ先生らしい言葉に私はクスクスと笑います。
空になってしまったカップを片付け始めながら、私は机の上に乗ったままの招待状を見ました。招待状は変わらず2枚重なって入っていました。
「……スネイプ先生は好きな人っています?」
私は不意にそう言葉を零しました。自分でもなんでそんな質問をしてしまったのかわかりませんでした。
カチャンとカップとソーサーが重なる音がしました。私の視線は自分の空になったカップに注がれたままです。音を立てたのはスネイプ先生が持っていたカップ達でしょう。
私は顔を上げませんでした。スネイプ先生から返事はありません。私達の間には無言が広がっていました。
長いようで短い無言の後、私は苦笑を零して顔を上げつつスネイプ先生を見ました。スネイプ先生は私の声が聞こえていなかったのかのように、何処か違うところを見ていました。
「急に黙り込むと怪しいですよ、先生」
にっこりと笑ったあとにそう言うと、私はスネイプ先生から空のカップを受け取ります。自分のカップと纏めて『スコージファイ(清めよ)』の呪文を唱えました。
カップを戻すために奥の部屋に向かう途中、一瞬スネイプ先生を見ると、先生は強く自身の左腕を握り締めていました。
先生の左腕にはヴォルデモートさんから与えられた闇の印があります。
スネイプ先生が大好きなリリーさんを殺したヴォルデモートさんから与えられた闇の印が。
先生から顔を背け、私は表情を翳らせます。何故か心臓が煩いくらいの鼓動を奏でていました。
なんだか嫌な気持ちになってしまって、私は深い溜め息をつきます。
なんて、馬鹿な質問をしてしまったんでしょう。私は。
カップをしまってからも数分、私はスネイプ先生のいない奥の部屋で長い長い息をついて、試すようににっこりと笑みを浮かべてから教室に戻っていきました。
戻るとスネイプ先生はいつもと同じように無愛想な表情のまま、何やら書類の整理をしていました。
机の上にあったはずの招待状はいつの間にかなくなっていました。