「ポッターが魔法薬学で使っている教科書を見たことがあるかね?」

DADAの教室で山のように出された宿題を片付けていると、不意にスネイプ先生がそう言いました。
ちなみにフェインはこの場にはいません。最近、お散歩にはまっているのか、フェインは頻繁にパイプの中に入ってお散歩しているようでした。

私は羽ペンを動かす手を止め、首を傾げます。

「『上級魔法薬』ですよね? ハリーは確か学校から借りたものを使っていると思いますよ」
「中を見たことは?」
「いいえ。見たことはないですけれど…、…どうしたんです?」

私は反対側に首を傾げます。レポートの採点をしていた先生は再び採点用紙に視線を移してしまいました。
突然の質問の謎が解けなくて、もやもやしてしまう私。私はスネイプ先生を見つめました。

「教えてくれないんです?」

深く深く黙り込むスネイプ先生。先生が多くを語らないのはいつものことでもあったので、私は諦めて自分の宿題に視線を落としました。と、同時に、声。

「……我輩が昔使っていた教科書を、今、ポッターが使っているはずだ」

帰ってきた答えに、私はまた視線を上げました。先生もレポートの採点を1度止め、苦々しい顔をしていました。

「スネイプ先生が使っていた教科書?
 えっと、確かすっごく書き込みをしていた教科書ですよね?」

以前、少しだけ見せていただいた教科書は、沢山の書き込みがされ、中にはスネイプ先生が考案した呪文も書き込まれていた筈です。
当時、6年生だったとは思えないぐらいに正確に書き込まれているあの教科書は、私も大変お世話になったものでした。

「忘れてきちゃったんですか? 地下牢教室に」

スネイプ先生の無言の返答。私は苦笑を零しながら、休憩にしようと立ち上がって奥から紅茶セットを持ってきました。
紅茶の入っていないポットと2つのカップを温めつつ、私は忌々しいと表情で伝えているスネイプ先生をちらりと見ていました。

「珍しいですね。先生が忘れ物をするなんて」
「…………15年、あの教室にいた。持ち込まなかったものも多数ある――」

スネイプ先生が杖を振り、奥から茶葉の入った缶を持ってきてくださりました。ふわふわと飛んできた缶を両手で受け取ります。

「――それが裏目に出た」

本当に忌々しいと言いたげなスネイプ先生に、私は苦笑を零すことしかできません。
私は和やかに、スネイプ先生は不機嫌そのもので、極々自然にティータイムの準備を進めていました。

私は温まったカップを並べながら、にこにこと微笑みました。

「いいじゃないですかー。あの教科書、いろんなことが書いてあって凄く面白かったですし、ハリーは魔法薬学の授業でとっても生き生きしていますよー。
 やっぱり、上手に調合できると楽しいですもんね」

呑気に言葉を零す私でしたが、スネイプ先生はとっても不満そうにしていました。
シリウスとスネイプ先生もそうですが、ハリーとスネイプ先生もなかなか犬猿の仲ですよね。

「でも、どうしてハリーが先生の教科書を持っていると思ったんです?」
「職員室でスラグホーンが誇らしげに言っていたが、今のグリフィンドール生が、尚且つあのポッターが教科書通りに行って、『生ける屍の水薬』を正確に作れるとは思わない」

DADAの薄暗い教室にはあまり似合わない、紅茶の良い香りが漂ってきました。
私はスネイプ先生の言葉に、むぅと頬を膨らましました。

「……スラグホーン先生、ハリーのことしか言っていなかったんですか?」
「ポッターの名前しか聞いていないが」

私もちゃんと調合したんですけれどね! ちゃんとご褒美にフェリックス・フェリシスも頂いたんですけれどね!

むすーと頬を膨らましていると、近寄ったスネイプ先生が手の甲で私の頭を軽く叩きました。

「あの人はいつもそうだ。自分のお気に入りで身辺を固めたがる。
 Ms.も調合したのだろう?」

私はぱちぱちと目を大きく瞬かせたあと、スネイプ先生に見えないところ満面の笑顔を浮かべました。
私を信頼してくれているような言葉に嬉しくなります。紅茶を注ぎながら、私は得意げに言葉を綴りました。

「もちろんですよ〜。ほら、私は将来の魔法薬学の先生ですから」
「すぐ調子に乗るのはいかがなものかね」

呆れきっているスネイプ先生の言葉にも関わらず、私はにっこりと笑みを浮かべながら紅茶をスネイプ先生に渡しました。

「ご褒美に『幸福の液体』を頂いたんです。たっぷり12時間分」
「使ったのか?」
「いいえ。なんだか勿体無くて使えないんです。何時使いましょう?」

先生の傍に座りながら小首を傾げる私。先生は呆れたような顔をしました。

「Ms.のものだ。好きに使えばいいだろう」
「そうなんですけれど…、うーん…」

両手で紅茶のカップを包みます。暖かい紅茶が私の手にほんのりと熱を伝えていました。
私は気が抜けたようなふにゃりとした笑みを浮かべました。

「私はこうやってのんびりしているだけで幸せなんですもん。薬を飲まなくたって…」
「………能天気な頭ですな」
「よく言われます」

主にリドルくんとかに。

そう思いつつ私は紅茶を飲みながら呆れ顔をしているスネイプ先生の横で幸せ気分に包まれたままティータイムを過ごしました。


prev  next

- 185 / 281 -
back