結局、私がスラグ・クラブのクリスマスパーティには行くことはありませんでした。
ですが翌日からはじまったクリスマス休暇中に行われる、隠れ穴でのパーティに誘っていただくこととなりました。
リーマスさんも一時的に帰ってきてくれるみたいで、私はにっこりと笑顔を浮かべました。
クリスマスイブの日に一緒に隠れ穴へ向かうと、隠れ穴の中では大きな木製のラジオから、セレスティナ・ワーベックのクリスマスソングがゆったりと流れていました。
暖炉の傍でぼんやりとしているリーマスさんのお隣に寄り添いながら、私はうつらうつらと船を漕いでいました。少し離れた場所で、ハリーとアーサーさんが何かお話をしています。
その途中でスネイプ先生の名前が出てきて、私は急に意識が覚醒して、静かに目を開けました。
ハリーはスラグホーン先生が開いたクリスマスパーティの後、スネイプ先生とドラコくんが何かお話をしていたのを聞いたのです。
何かを企んでいる様子のドラコくんと、援助を申し込んでいたスネイプ先生。ハリーはドラコくんが死喰い人になったのだと確信していました。
「こうは思わないかね、ハリー。
スネイプはただそういうふりを――」
「援助を申し出るふりをして、マルフォイの企みを聞き出そうとした?」
アーサーさんはハリーを宥めるような言葉をかけますが、ハリーは聞く耳を持つ余裕すらないようでした。
「でも、僕達にはどっちだが判断できないでしょう?」
きっと私の隣に座っていたリーマスさんも2人のお話を聞いていたのでしょう。そこで2人のお話に混ざります。
「私達は判断する必要がないんだ。それはダンブルドアの役目だ。
ダンブルドアがセブルスを信用している。それだけで十分なんだ」
「でも、もしダンブルドアが間違っていたら?」
「以前、みんながそう言った。何度もね。でも結局はダンブルドアの判断を信じた。
だから私はダンブルドアを信じるし、セブルスも信じる」
リーマスさんのまっすぐな言葉。ダンブルドア校長先生が信頼しているスネイプ先生を、みんなが信頼しているのです。
ハリーはその言葉に不満げでした。
「でも、ダンブルドアだって、間違いはある。
それに、ルーピンは…本当のこと言って、スネイプが好きなの?」
「セブルスが好きなわけでも嫌いなわけでもない。
いや、ハリー、これは本当のことだよ」
ハリーの疑わしげな視線に、リーマスさんは言葉を付け加えました。
「ジェームズとシリウス、セブルスの間にあれだけいろいろなことがあった以上、決して親友にはなれないだろう。
しかし、ホグワーツで教えた1年間の事を私は忘れていない。セブルスは毎月、脱狼薬を煎じてくれた。完璧にね。
それだけではなく、リクちゃんに煎じ方を教えてくれた。
おかげで私は満月の時の苦しみを味わわずにすんでいるんだ」
「だけど、あいつ、ルーピンが狼人間だって『偶然』漏らして、ルーピンが学校を去らなければならないようにしたんだ」
「いずれわかることだった。セブルスは私の健康を保ってくれたんだ」
「それはきっとダンブルドアの見ているところで薬に細工することなんて出来なかったんだ!」
ハリーが続ける言葉に、リーマスさんは小さな微笑みを浮かべました。
「君はあくまでもセブルスを憎みたいんだね、ハリー。
父親がジェームズで、名付け親がシリウスなんだから。君は古い偏見を少なからず受け継いでいる。
もちろん、君はアーサーや私に話したことをダンブルドアに話せばいい。ただ、ダンブルドアが君と同じ意見を持つとも、驚くだろうという期待もしないほうがいい」
リーマスさんの声は優しかったものの、言葉は厳しいものでした。
ハリーは深く黙り込みます。その時、ちょうどセレスティナさんの歌声が終わり、ラジオからは割れるような拍手が響いていました。
アーサーさんは立ち上がり、微笑みを浮かべてみんなに声をかけました。
「それじゃ、寝酒に一杯飲もうか? エッグノッグが欲しい人?」
リーマスさんも含め、何人かが手を上げました。アーサーさんが立ち上がり、私も手伝おうとついて行きます。
キッチンの方でアーサーさんと2人になって、私は小さく言葉を呟きました。
「スネイプ先生って、なんだか皆さんに疑われていますね」
「はは。彼はそんなタイプに見えるからね。
…一時期は死喰い人ではないかという話も流れたけれど、その時もダンブルドアが擁護した」
ダンブルドア校長先生は本当に信頼されているのでしょう。私は少し不満げな声を零しました。
スネイプ先生は誰かの擁護を得なくても、元からいい人なんですから!
†††
短いクリスマス休暇が終わってホグワーツに戻ってきた日、私は廊下ですれ違ったスネイプ先生に、校長先生からのお手紙をいただきました。
険しい表情をしているスネイプ先生を見て、私も手紙を見つめ心配顔。
手紙には今日の夕食のあと、少しだけお話をしようという内容が書かれていました。
内容を確認したあとも、スネイプ先生は不機嫌そのもので歩き出していってしまいました。
「? 何のお話でしょうね」
私は首を傾げます。肩に乗ったフェインが気だるそうに短く鳴きました。
そして夕食を終え、私は校長室の前に立っていました。壁を背にして立っている2体のガーゴイルを見上げます。
そういえば校長室の合言葉を教えていただいていません。私は校長室に入れずに、むーっとガーゴイルを見上げていました。
「あの…、私、校長先生にお呼ばれしたんですけれど…」
「合言葉は?」
「……知らないんです」
「では入れることはできない」
なんということでしょう。これは校長先生が気が付いてくれるのを待つしかありません。
まだ約束の時間までは数分残っていますし、時間になれば扉が開くことを願って、私はガーゴイルの隣に腰を下ろしました。
頭に登ってきたフェインも交えてガーゴイルとのんびり世間話をします。
「ずっと立っていると疲れませんか?」
「疲れはない。我らは岩だからな」
「でも大変ですよねぇ。お疲れ様です」
と、そこで突然、片方のガーゴイルがひょいを避けました。驚いた私が立ち上がると、もう片方のガーゴイルもひょいと避けました。
現れた扉が開き、中から呆れた表情のスネイプ先生が顔をのぞかせました。私は開いた扉にふにゃりと笑います。
「何をしている?」
「合言葉がわからなかったんです」
「…手紙の最後にあっただろう」
「え? あれ、合言葉だったんですか!?」
手紙の最後には世間話のように「わしは最近『ペロペロ酸飴』が好きじゃ」と書かれていたのを思い出します。
スネイプ先生は顔をしかめつつ、私を扉の中に入れます。中には動く螺旋階段がありました。
それに乗りながら、スネイプ先生は本当に小さく言葉を零しました。
「……伝え損ねていた」
「………スネイプ先生、それを忘れてたって言うんですよ?」
「伝え損ねていた」
はっきりと繰り返したスネイプ先生に私は頬を膨らませてついていきます。やがて現れた真鍮のドア・ノッカー付きの扉の前につきました。先生がノックをすると中から声。