中に入ると真正面の椅子に座っている校長先生の姿が見えました。
校長先生の手は以前に見ていたように真っ黒く、近くで見ると焼け焦げたようにも見えました。

「こんばんは、ダンブルドア校長先生」
「こんばんは。急に呼び出してすまぬのぅ。事は急を要する事態となってしまった…」

校長先生は手で目の前の2つの椅子を示します。私が片方に腰掛けると、スネイプ先生が反対側に腰をかけました。
何故かスネイプ先生は酷く不機嫌なように思えました。不思議に思ってスネイプ先生を見つめると、校長先生が朗らかに微笑みました。

「セブルスは君をここに呼びたくはなかったのじゃ」
「? どうしてです?」
「校長、話をするなら早急にしたほうがよろしいのでは?」

言葉を遮るようにスネイプ先生が言い切ります。多くは語りたくないようでした。
スネイプ先生をちらりと見てから、私はきちんと前を向いてお話を聞く体制になります。スネイプ先生は隣で深く深く黙り込みました。

そこで校長先生はゆっくりと黒く焼け落ちた手を落ち上げました。私はそれを見つめて、表情を暗くしました。

「校長先生、その手はどうしたんですか…?」
「呪いじゃ」

朗らかに校長先生はそう言い切ります。息をのむ私。黒い手はもう死んでいるようでした。

「どうして…? 治るんですよね?」
「いいや、この手はもう治らぬ。そればかりか今学期を生きるのがやっとじゃろう」

私は突然知らされたことに目を丸くします。隣のスネイプ先生は責めるようにダンブルドア校長先生を見つめていました。

あと、1年で校長先生が死ぬ? そんなの、校長先生が死んでしまうだなんて、その後、どうすれば…。
私は必死に記憶を辿ります。思い出すのは、綺麗な夜空と、緑の閃光。落ちていく白い――。

深く黙り込む私に、ダンブルドア校長先生はなんのことでもないかのようにお話を続けました。

「わしの手の話はもういいじゃろう。今回の本題は別のところにあるのじゃ」
「……と、言いますと?」
「リクは、去年の終わり、今年の初め辺りにルシウス・マルフォイが投獄されたことをご存知じゃろう」

こくんと頷きます。マルフォイさんは去年の魔法省での戦いで、死喰い人として知れわたりアズカバンへ投獄されたのでした。

「魔法省での任務はリドルにとって…、ヴォルデモートにとって重要なものであった。ヴォルデモートはルシウスへ懲罰を下したのじゃ」
「でも、ルシウスさんはアズカバンにいますよね…?」
「しかしルシウスには息子がおったのじゃ」

ダンブルドア校長先生は寂しげにそう言いました。私は再び息をのみ、小さく名前を零しました。

「ドラコくん…? ヴォルデモートさんはドラコくんに何かをしたんですか!?」
「そうじゃ。リドルはドラコに『わしを殺すよう』命じた」

度重なる言葉に私は深く黙り込みます。隣のスネイプ先生は一言も言葉を発しませんでした。

ただの学生であるドラコくんが、偉大なる魔法使いであるダンブルドア校長先生を…?

「そんなの、無理じゃないですか」
「リドルも成功するとは思っていないじゃろう。命が下った時点でドラコは確実な死の宣告を受けたのじゃ」
「私に何かできますか」

私はすぐにそう言っていました。ドラコくんをヴォルデモートさんに殺させてしまう訳にはいきません。ダンブルドア校長先生を殺させるわけにもいきません。
私の言葉に、ダンブルドア校長先生は朗らかに微笑んでいました。

「君ならそう言ってくれると思っておった。
 リクはドラコと交流があるじゃろう? それでドラコにわしらと協力するように説得して欲しいのじゃ」

校長先生の言葉に、私は違和感を覚えてちらりとスネイプ先生を見つめました。
ドラコくんはスネイプ先生をとっても慕っていた気がします。そんな事は私が何も言わなくてもドラコくんはスネイプ先生に協力を求めそうですけれども…。
私が疑問を感じていると、ダンブルドア校長先生は私に答えをくださいました。

「ドラコはルシウスの座をセブルスが奪ったと思っているのじゃ。セブルス自身の話を聞かなくなってきておる。
 …じゃが、友人の声ならまだ届くじゃろう」

ダンブルドア校長先生の声は真剣でした。
 
「リドルに殺されて、ドラコが死んでしまうことになってはならん
 わしを殺させて、ドラコの心を死なせてしまうことになってはならん。
 ドラコを確実に保護しなくてはいけないのじゃ」

ダンブルドア校長先生は真剣に私を見つめていました。

私は頷く前に、静かに校長先生を見つめ続けていました。

「どうして、私に?」
「君は未来を知っておる。臨機応変に対応できると思ったのじゃ」

頭の端がぴりりと痛みました。私は小さく頷きます。
始まる頭痛に反発するかのように、静かに言葉を零します。

「私は確かにこの先を知っています。校長先生がいつ、どこで死んでしまうのかも、そして…誰に殺されてしまうのかも。
 だからこそ…、知っているからこそ、今の会話だけでは納得ができません」

私は隣で黙り込んでいるスネイプ先生を見ることなく、ダンブルドア校長先生に言葉をかけました。

「ドラコくんを保護するというのなら、ダンブルドア校長先生がドラコくんを守ってくださるのでしょう?」
「勿論じゃ」
「あと、1年以内に死んでしまうかも知れないのに?」

目の前のダンブルドア校長先生は何も言いませんでした。私は不安をぶつけるかのように言葉を続けます。

「ヴォルデモートさんに今、対抗出来るのは、実質ダンブルドア校長先生だけです。
 貴方が生きている間は、ドラコくんは無事かもしれません。ですが、貴方が居なくなってしまったら、ドラコくんは危険に晒されてしまいます。
 不死鳥の騎士団の護りは校長先生が居てからこその強さです。聡明なダンブルドア校長先生なら、それも全て知っている筈です」

私は一瞬だけ目を伏せて、再び校長先生を見つめました。

「校長先生はドラコくんを保護しつつ、スネイプ先生にご自身を殺させようとしているんでしょう?」

ドラコくんが誰も殺さなくてもヴォルデモートさんの怒りがドラコくんへ向かわないように。
ヴォルデモートさんが信用している筈のスネイプ先生を使って。ダンブルドア校長先生の余命が迫っているということを誰にも悟られないうちに。

そんなの、その場凌ぎにしかならないというのに。
ダンブルドア校長先生がいなくなってしまったら、今後、ヴォルデモートさんが恐れる人物はいなくなってしまいます。
今よりも多くの犠牲者が出るでしょう。

そして、ダンブルドア校長先生が殺されたという恨みは、スネイプ先生に向いてしまうのです。

私の言葉にダンブルドア校長先生は何も言いませんでした。隣のスネイプ先生を私は見ることは出来ませんでした。


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