そこでやがて、静かな空間に声が静かに聞こえてきました。

「君が、」

スネイプ先生の声でした。私は先生を見ます。先生は私を見ずに自身の組んだ手元を見ていました。

「Ms.が納得する必要はない。我輩が既に計画を承諾している。
 あとは君がドラコを助けるかどうかだ」
「でも…、それではスネイプ先生が人殺しをしてしまうことになってしまいます。沢山の人に疑われてしまうんです。
 ダンブルドア校長先生も駄目です。貴方は誰にも殺されてはいけない人なんですから、…何か、別の方法を――」

私が必死に言葉を続けていると、不意にスネイプ先生が顔をあげて真っ直ぐに私を見つめました。
スネイプ先生の表情は今までにないくらい真剣な表情でした。私の息が止まります。先生の声が私に届きます。

「諦めろ」

言葉はあくまでも簡単でした。

でも実行は酷く難しいものでした。

私はスネイプ先生の真剣な表情を睨みつけます。スネイプ先生の表情が変わることはありませんでした。
どうしようもなく泣きたくなりつつも、私はスネイプ先生から視線を逸らして俯きました。

真正面の校長先生から弱々しい声が聞こえてきました。

「……リク。この老いぼれを許してほしい」
「狡いです。それを私にお話するのも…、協力をお願いするのも」

結局、私は協力するしかないのです。このままドラコくんを殺させてしまう訳にはいかないのですから。
私は俯いたまま誰の顔を見ることも出来ずに、静かに黙り込みました。

「事は急を要するのじゃ」

ダンブルドア校長先生の声は酷く寂しそうでした。

「ケイティ・ベルの事件があったじゃろう。あれもドラコの仕業じゃ。
 ドラコを止めねば、この先もわしではない被害者が生まれてしまうじゃろう。被害者を増やさないためにも疾くにドラコを説得せねばならん」

私は俯いたまま、こくりとゆっくり頷きました。

「…わかりました。私も全力で協力します。
 ドラコくんを説得します。先生達で彼を保護してあげてください。彼の家族もです」
「約束しよう」

そのまま私はダンブルドア校長先生の顔を見る前に立ち上がって、ぺこりと一礼しました。

「もう夜も遅い。セブルス、」

スネイプ先生は校長先生が全てを言い切る前にもう立ち上がっていました。
扉に歩き出していた私の腕をスネイプ先生が些か乱暴に掴みます。私の口からは不満の言葉が溢れました。

「痛いです」
「我輩が謝るとでも?」
「……。…思いませんけれど」

扉が閉じられ、再び螺旋階段を2人で下りつつも、私は不満げなまま小さく息を吐きました。

いつの間にか城中の明かりは落ちていて、思ったよりも長いこと校長室にいたことを知りました。
スネイプ先生は乱暴に掴んでいた私の腕を離していました。
私は暗い城内に不安になって隣のスネイプ先生の手を握ります。先生は一瞬驚いたようでしたが、ほんの少しだけ握り返してくれたようにも思えました。

隣のスネイプ先生を見上げます。ぎゅうと手を握って私は視線を逸らしながら言葉を零しました。

「スネイプ先生はそれでいいんですか? あの計画で、いいんですか?」

返事はすぐにはありませんでした。ですが、先生はゆっくりと言葉を返してくださいました。

「…他に誰がやる?」
「………私?」
「許すとでも?」

先生の言葉に私は苦笑を零しました。諦めてしまった苦笑でした。

「そうですよね…。そんなことリーマスさんに絶対に許して貰えません」
「――――ルーピンではなく、」

不意にスネイプ先生の足が止まりました。手を繋いでいた私の足も止まります。
今まで緩く握り返してくれていただけの先生の手が、今度はぎゅうと強く私の手を握りました。

思わず私はスネイプ先生を見ました。スネイプ先生は複雑そうな顔をして、黙り込んでしまいました。

「先生…?」

ゆっくりと声を零すと、スネイプ先生は何も言わないまま再び歩き出してしまいました。私の手が引かれます。

それでも半歩前を歩くスネイプ先生は私の手を強く強く痛いぐらいに握り締めていました。
私はさっきのように痛いと言葉を零すことは出来ず、ただ目の前で揺れる繋いだ手を見つめていました。

「…スネイプ先生。私は大丈夫ですから」

不意に痛んだ胸元の違和感を隠して。

「……先生も無理しないでください」

私も強く手を握り返して、スネイプ先生の背中を追いかけました。

「先生が思っているよりも、私は弱くないですよ」

寮に戻るまで、スネイプ先生からの返事は一切ありませんでした。


†††


ダンブルドア校長先生とスネイプ先生のお話を聞いた次の日。グリフィンドール寮の掲示板に貼られていた髪を見て寮生はとても驚きました。そこには姿現しの資格取得のための授業があると書かれていました。

受けることが出来るのは6年生からで、6年生はみんな希望欄に名前を書こうと沢山集まっていました。

肩に乗ったフェインが眠たげに私を呼びます。私は微笑みを浮かべてフェインに頬擦りしました。

「私も受けますよー。一瞬で行きたいところに行けるだなんて魔法らしくて素敵じゃないですか」

個人的魔法っぽい魔法は、『空を飛べる』『瞬間移動』『物を生み出す』ですから。
そう考えると、私の得意な魔法薬学は私の中では魔法っぽいものではありませんねぇ。好きに変わりはありませんけれど。
私も随分と、この『魔法が使える世界』に慣れてきたようです。

試験は2月に行われるようでした。少しばかり期間があります。その間にリドルくんにコツを教えてもらうことにしましょう。

「シュ」
「フェイン? あ、そうですね。次はDADAでしたっけ」

時間を見ると、もう移動を始めなくてはいけない時間でした。私はフェインを肩に乗せたまま、鞄を抱えて廊下に出ます。
DADAの教室に向かう途中。私はどこかに向かうドラコくんを見つけて思わず足を止めました。

ドラコくんはいつものクラップくんやゴイルくんではなく、スリザリンの女の子2人を連れて歩いています。
少し離れた場所から見るドラコくんは至って普通の生徒でした。…校長先生の殺害を闇の帝王から命令されているだなんて全く考えられません。

私はドラコくんとしていた約束も忘れ、ドラコくんに向かって声をかけていました。

「ドラコくん!」

彼は急に声をかけられて驚いたように肩を震わせました。私はドラコくんに駆け寄ります。
左右の女の子2人が怪訝そうに私を見ていました。私は赤いネクタイを思いながら、緑色のネクタイをしたドラコくんに駆け寄りました。
ドラコくんは女の子2人に離れるように言っていました。廊下には授業の移動で歩いている生徒くらいしかいません。私とドラコくんは廊下の端に寄りました。

「ドラコくん、ちょっといいですか?」
「……リク、今は時間がない。あとにしてくれないか」
「私にお手伝いできることはありますか?」

私は突然、そう言いました。ドラコくんは大きく目を丸くしました。
そのあとに何かに怯えたような表情を浮かべます。いつものドラコくんからは想像しづらい表情でした。

2人で声を潜めます。

「誰から聞いたんだ」
「…内緒です。でも知っています」
「リクには関係ないだろ」

言葉は拒絶でした。私はそれでもドラコくんを見つめます。
授業開始の時間が過ぎたようで、廊下にはいつの間にか私達しかいませんでした。

「関係ありますよ。だって、ドラコくんがもしも失敗してしまったら…」
「僕は必ず成功する。ちゃんとその計画はたてているんだ。失敗なんかしない。1人でも出来る」

ドラコくんは既に私を見ていませんでした。不安が私を包みます。それはドラコくんも同じのようで彼の表情には怯えや不安が混ざっていました。
私は静かに言葉をかけました。

「ですが、ドラコくん。
 ヴォルデモートさんでも今ままで1度も成功させたことないんですよ」

だからこそダンブルドア校長先生は偉大なのです。
ヴォルデモートさんでも、ダンブルドア校長先生はそう簡単には倒せないのです。

ドラコくんは私の言葉に深く深く黙り込みました。そしてそのまま何も言わないまま私に背を向けて誰もいない廊下を駆けていってしまいました。

そしてその日、ロンがスラグホーン先生のお部屋で毒入りのラム酒を飲んでしまい、間一髪でハリーに助けられたのでした。


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