「…リク? 起きてる?」

夜。リドルくんが声を潜め突然そう言いました。ベッドの中でまどろんでいた私は急に聞こえたリドルくんの声に驚きつつも、ごろんと仰向けに転がりました。
リドルくんはベッドの淵に腰をかけながら、私の頬に手を伸ばして撫でていました。

「どうしたんです? リドルくん」
「この前、いい場所見つけたんだ。夜の散歩でも行こうじゃないか」
「でも夜中にベッドを抜け出しちゃいけないんですよ」
「要は見つからなければいい。行くよ」

そう言って半ば強引に私の手を引きました。瞼を擦りながら私はガーディガンを羽織ります。起きていたフェインが私の肩に登ってきました。

リドルくんは微笑みを浮かべながらも、どこか真剣な目をしていました。私は不安になってリドルくんを見つめていました。

「…本当にどうしたんですか、リドルくん?」
「目くらまし術をかける。杖、借りるよ」
「もう持ってるじゃないですか」

ぷくと頬を膨らましているとリドルくんは私の頭にコツンと杖を当てました。
体中をひんやりとした感覚が走り、次に手を見ると自分がカメレオンになったかのように透明になっているのが見えました。

そして私は困惑に包まれたまま、談話室を抜けます。
眠っていた太った婦人が目を覚まして驚いていましたが、透明になった私や、日記になって私の鞄の中にいたリドルくんを見つけることは出来ませんでした。

暫く歩いたところでリドルくんが姿を表して、私の手を握ってどんどんと螺旋階段を登っていきます。
着いたのはホグワーツ城で1番高い天文台の塔でした。登りきって景色を見た瞬間、私は息を止めます。

ここからの夜景は酷く見覚えがあったのです。

ここは、ダンブルドア校長先生の『最期の場所』だったのですから。

夜風は冷たく寒かったのですが、大きく浮かんだ月はとてもとても美しいものでした。
明るい月が浮かんでいるにも関わらず、周りの星も負けず劣らず光輝いていました。

「綺麗?」
「…はい。とっても」
「それはよかった」

リドルくんはにっこりと微笑んで手すりに背中を預けていました。私は彼の隣で手すりを掴んで夜空を見上げます。

「リドルくんも昔はこうして、ここから夜空を見上げたんです?」
「動かない星なんか見てもつまらないだろう」
「流れ星だったらいいんですか?」
「どういうことじゃないんだけどなぁ」

弱ったように苦笑を浮かべるリドルくん。その表情が珍しくて私も思わずクスクスと笑っていまいました。

クスクスと笑っていると、隣のリドルくんが笑みを収めて不意に真剣な表情を浮かべました。
怒ってしまったのかと思って不安になります。小さくリドルくんを呼ぶと、リドルくんは小さく口を開きました。

「昨日、あの老いぼれ爺と話をしただろう。リク」
「…………校長先生をそんな風に呼ぶのは良くないと思いますよ。リドルくん」
「そんなのはどうだっていい。
 それで。リクは協力すると言ったのか」

リドルくんの赤い目は爛々と光っていて、私はリドルくんがヴォルデモートさんの過去の姿だということを今更ながらに思い出しました。
忘れていたわけではないんですけどね。

「協力しますよ。ドラコくんを助けるためにも協力しないわけにはいきませんから。
 ですが、それより。どうしてリドルくんも知っているんです? 私、リドルくんにお話しましたっけ?」
「してない。が、フェインが居るだろう」
「…。それもそうですね」

リドルくんはフェインとお話することが出来ます。特段隠そうと思っていたわけではないのですが、こんなふうに聞かれるのだったら私からリドルくんにお話したほうがよかったかもしれませんね。
目の前の彼は言葉を続けます。肩に乗ったフェインが尻尾をだらんと下げていました。

「ここ最近、フェインに城の中を巡るように言っている」
「お散歩が多いなぁとは思っていましたが、リドルくんのお願いでしたか。
 でも、どうして?」
「ダンブルドアが僕の過去を探って、ハリー・ポッターと何かを企てている。何を探しているのか正確に知りたかった」

フェインが学校中に張り巡らされているパイプの中を通って情報収集して、リドルくんにお話をしているのでしょう。
珍しくフェインがリドルくんに協力的です。それほどに重要なことなのでしょう。

私はリドルくんから視線を逸らしてまた月を見上げます。それは本当に綺麗な月でしたが、リーマスさんが大嫌いの月でもありました。

「それで何かわかりました?」
「リクは分霊箱を知ってるかい?」

質問には質問で返されました。私はぷくと頬を膨らませんながらも、リドルくんの言葉を記憶を辿りながら答えます。

「魂を何か別の入れ物に分けて入れる呪文でしたっけ。死なない代わりに魂を分けてしまうんですよね?
 確か、ヴォルデモートさんもそれを使いました」
「そうさ。あいつは魂を分けて『箱』にいれた。…ダンブルドアはどうやらその分霊箱を探している。見つけて、…破壊するだろう」

リドルくんは静かにそう言うと、私の隣に並んで手すりに腕をつきました。私より背の大きなリドルくんはその様子がとても様になっていました。


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